「こんな日も ありますね」

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お客様が機器を戻し 謝りながらかき集める頃 私は問いかけました。 「それを一掴み いただけませんか?」 お客様は 「それ」が 今握っているものであると 認識するまで5秒かかりました。 もう使わないものですと 私の手に乗せました。 豆をゴロゴロとひき 生まれた焦げ茶色の香り 「それ」をさらりと紛れさせ お湯をポトポト注ぎます。 えっ 何をしているんですかと お客様は身を乗り出します。 初見のお客様は そうなのです。 私はいつものフレーズを使います。 「ご安心下さい。品質には影響いたしません。」 純白のパックから 黒い液体がポツンポツン 透明容器に ゆっくり 落ちて 少し時間がかかります。 「認められない苦しさと 自分へのやるせなさ」 お客様は 顔を上げました。 「しかし 不器用ながらに重ねる努力の香りがいたします。」 何を言われているか分からない でも何となく思い当たる お客様は そんな顔をしていました。 お客様は ポツリポツリとお話を始めました。 突然社会に放り出されて 右も左も分からぬまま ひたすら生きているということ。 どれだけできたと思っても 周囲にとってまだまだ序章で なかなか評価されないということ。 人並みにできる能力がないのに 評価を求めてしまう 自分自身が腹ただしいということ。 お客様は たった1人で たくさん背負っておられました。 
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