タレより甘いキス

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タレより甘いキス

「ねえ、鰻のさばき方にも関西と関東の違いがあると聞いたんだけど。」  自分の分の鰻丼を食べてしまって暇だったので、彼に聞いてみた。 「へえ~、美味しく食べれれば何でもいい君にしてはよく知っているね。  そう、関東は、背からさばく。武士の町、関東では腹からさばくと切腹のイメージがあって、嫌うんだよね。まあ、その方が身が崩れにくく、腹の脂をじっくりと焼き落とすことができるという説もある。関西は、腹からさばく。  商人の町、関西では腹を割って話しまへんかの風潮があるからね。もっとも、熟練の料理人になると、その鰻の大きさ、身のしまり方、脂の付き方でどっちからさばくかと決める人もいるらしいけど。」 「はい、勉強になりました。ところで、シェフ。あちらの、袋には何が入っているのですか。」  私は、指をくわえたいのを我慢しながら、聞いた。 「アハハ。相変わらず、鼻が利くね。開けてごらん。」 「早く言ってよお~。」  私はある期待に胸を膨らませて、走り込む。  袋の中から取り出すと、それはパックに入った鰻巻であった。 「ヨッシャア~。」  私は、右拳を天井に突き上げた。  食いしん坊の私の胃袋の大きさをよく知っている。 「ちゃんと、お皿を出して綺麗に並べるんだよ。」  こんな時にでも、彼のこだわりは発揮される。  シャアハウス生活を初めてまもないこと、まだ恋人関係ではなかった頃の話だ。台所でインスタントラーメンを作って、そのまま鍋から食べようとした私を冷たく見つめる彼の軽蔑しきった表情は今でも忘れられない。 「ラ~ジャア~。」  私は鰻巻のために文句も言わず、お皿を取り出し、私なりに精一杯気を使って並べた。  鰻丼を食べ終わった彼は、それを黙って見つめている。 「親方、いかがなものでしょうか。」  私は、恐る恐る聞いてみた。 「まあ、良しとするか。さあ、食べよう。」 「待ってました。」  私は、鰻巻を一口食べて、その美味しさに笑ってしまった。 「鰻丼といい、この鰻巻といい、最初に発明した人は天才だね。ノーベル賞ものだよ。」 「そこまで、言うか。」  彼は、あきれて笑っていた。  二人で、鰻巻を仲良く半分ずつ食べた後は、二人で洗い物をした。  おごってもらったから、私が洗うのかと覚悟していたが、「君だけに任せると、心配だからね。」と軽く返された。  二人で仲良く肩を並べて洗い物をしていると、途中で彼が私の顔をじっと見つめる。 『えっ、ここ、台所で。私のエプロン姿に欲情したか。』  ドギマギする私の顔に彼の手が伸びて、私の唇に優しく触れた。 「・・・・・・・」 「おい、ご飯粒ついてんぞ。」  彼はそう言って、そのご飯粒をとって、口に入れる。 「この野郎。」  私は、二重の意味で動揺して、彼の肩を思いっきり叩いてしまった。 「痛いじゃねえか。大体、おまえはだな・・・・・」  お説教が始まりそうだったので、私からキスをして彼の口をふさいでやったのである。  タレより甘い味のキス、これに、限る。
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