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今日は新月に近いから、星が見やすいはず――。
屋上に向かう階段を上りながら、山本くんは嬉しそうにそう言った。入り口に着くと、彼は錆びついた鉄製のドアのカギを開け、ノブを回した。鈍い音が響く。私たちは夜の匂いに誘われるまま、外へ出た。
屋上は見渡す限りの闇。微かに光り輝く、月明りの下に私たちは立った。屋上の照明はついていないため、ビルや家の明かりに頼るしかない。
あるのは無機質なコンクリートの床と張り巡らされた金網。春先とは思えぬひんやりとした風も吹いている。心を撫でるようなこの風に抱かれてしまいたいと目をつぶると、自分の足が震えていることに気が付いた。
先輩の一件からほんの少ししか経っていない。無理やり忘れようとしていたけれど、やはり嘘はつけない。
また自分らしくないことをしてしまった――。
そのギャップに心が追いついていない。黙り込む私を元気づけようと思ったのか、山本くんはこう言った。
「さっきはかっこよかったよ。野宮」
振り返ることができなかった。彼は良かれと思って言ってくれたのだろう。でも今の私にとってみれば、それは逆効果だった。もう立っていられない。私はその場に座り込み、肩を震わせた。
山本くんは私の背後に近づき、「ごめん、そんなつもりじゃなかった」と、申し訳なさそうにしている。
「思い出させちゃった?」
「ううん、大丈夫」
私はお尻を地面につけ、そのまま体育座りの格好をとった。
「怖かったよね……」
「こんな身体しているけどね……。本当は、私そんなに強くないの。気弱で内気で小心者……。身長のことだってずっと気にしてて」
言ってしまった。気恥ずかしさで胸がきゅっとなった。
なんとか誤魔化そう。
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