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  相原めぐみの父は宇宙飛行士だった。そのせいもあって、めぐみも天体に詳しい。月は古くは月輪と呼ばれていた。ゲツリンではなく、ガツリンだ。  ドイツ語ではモーント、フランス語ではリュヌ、ラテン語ではルーナ、サンスクリット語ではチャンドラ、ギリシャ語ではセレーネーと呼ぶ。  奈良時代以前はツクと呼んだ。そう、憑くが変化したのが月だ。  藤原龍斗が高知タウンにあるはりまや橋で殺されていた。  背中に折り畳みナイフが突き刺さっていた。満月が煌々と龍斗の死体を照らしていた。龍斗はめぐみの初恋の人だ。はりまや橋は『よさこい節』に出てくる悲恋の舞台だ。橋の近くには公園があり、龍斗は公園の中で殺されていた。鮮やかな朱塗りの太鼓橋のたもとには歌に登場する純信とお馬のモニュメントがある。  龍斗は浮気でもしていて誰かに殺されたんじゃないか?そんなことをめぐみは思った。今日は2044年10月1日だ。掩蔽という現象が起きる。もうじきで22時になる。かつてはこの時間に『報道ステーション』なんていう番組がやっていたが、韓国との戦争があって焼け野原になった今、テレビなど届かぬ夢だ。月によって金星が隠れている。  死んだ龍斗も天体に詳しく、『来週は星が月に食われちまう』なんて言っていた。日食や月食と同じように星食というものが存在する。『せいしょく』と呼ぶ。星食が起こると予報された経路の限界線の縁は、北限界線と南限界線と呼ばれる。その付近では不規則な形をした月縁が通過するために、恒星が断続的に出たり消えたりするのがみられる。これは、『接食』と呼ばれる。あまり関係ないが、めぐみは龍斗にふられたときに摂食障害になった。食べては吐き、食べては吐きを繰り返していた。母が『このままいったらあんた死ぬよ!?』ってビンタしてくれなかったらカレン・カーペンターみたいに死んでいたかもしれない。『カーペンターズ』は素晴らしい曲が多い。中でも、『クロストゥーユー』はめぐみが好きだ。  龍斗の死体の近くには天体望遠鏡が置いてあった。  覗いたら丁度、金星が月の背中に隠れるところだった。  涙が溢れた。  どうして、龍斗は殺されなくちゃいけなかったんだ。 『バカ野郎』『頭悪いのか?』口は悪い人だったが、プールで溺れそうになったときに助けてくれたり優しい人だった。  銃声が響いた。  敵はめぐみを狙っている。  めぐみは軍用拳銃をホルスターから取り出そうとしたが、胸を撃たれて絶命した。 「俺をバカにしているからだ」  北川は龍斗を恨んでいた。龍斗のせいでめぐみに嫌われてしまったのだ。  高校のとき科学部のめぐみに恋をしていた。北川はいじめにあっていて、科学部をサボっていた。皮肉にも北川をいじめていたのは龍斗だった。  2030年の7月、15歳の北川は自殺を決意した。  法律が変わって自殺は重罪とされていた。  自殺未遂に終わった者は死刑、自殺した者の家族は懲役刑だ。  どうせ死ぬことには変わりない。母親はピアノが下手な北川の手をピシャッと叩いた。ベートーベンの『月光』を練習しているときだった。だから、あの曲にはトラウマがある。  以前、中二の音楽の授業のときに先生がピアノを弾いたときに発狂したことがあった。美しい女性の先生だったが、北川の異常さに大笑いしていた。 『あんた、うちの病院で診てやろうか?』  高原弓子の父親は精神科医だった。  まるでモルモットになった気分だ。  その日から龍斗の標的になった。  ジメジメした6月、体育館裏で龍斗から殴られていた。  偶然、弓子がやってきた。 『弱いものいじめはやめなよ?』  後で知ったことだったが、弓子は龍斗と体育館裏でいかがわしいことをしていたのだ。 『すきものが……』  そそくさと龍斗が逃げて行った。 『つらいだろうけど命を粗末にしたらダメだよ?失敗なんかしたら電気椅子だからね?』  精神安定剤とミネラルウォーターを龍斗に渡しながら言った。 『僕をそういう目で見るんじゃない!』  北川は薬と水を払いのけた。水がコポコポ音を立ててボトルが流れ出た。 『死刑になっても私はしらないよ?』   7月の満月の夜、河原に呼び出して弓矢で殺した。  北川の姉は弓道部なのだ。  北川は望遠鏡で月を覗いた。よく見ると西洋ナシの形をしてる。月の裏にはあまり海がないらしい。  サイレンが聞こえてきたので北川はスペースシャトルに乗り込んで月に逃げた。月の裏は丘陵地帯になっていた。  2009年にNASAによって月の南極に水が含まれることが確認した。  湧水を発見した。カエルみたいな魚が泳いでいた。  だが、川があるのはそこだけであとはレゴリスという砂に覆われていた。  月の重力は地球に影響を及ぼし、潮の満ち引きを起こす。  太陽は月よりも大きい質量の潮汐力を持っている。  新たなクレーターがボコボコと出現した。  2044年10月2日、大津波によって東京は壊滅した。  両親や多くの友達を失った大野悠馬はライフルを大宮駅でぶっ放して通行人を30人射殺した。満月が駅の上に浮かび上がっていた。
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