仕事の流儀

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仕事の流儀

 とある社内食堂を経て、今は知的障害者の為の就職支援を生業とする社会福祉施設に勤務する給食のおばちゃん。それが私だ。  毎朝、そのおばちゃんを出迎えてくれる子供がいる。子供と言っても、見た目は成人男性。しかしながら、私の方がずっと年上で、彼のお母さんの年齢に近いだろうから、私にとって、彼は何ら子供で違和感はない。障害を抱えていようが、いまいが20代なんぞ誰もかれも子供なのだ。 「今日の給食何?」 「ええっと、何だったかしらね?」 職務怠慢とも思えるおばちゃんのこの発言にも、彼はにっこり笑う。 「大丈夫。僕も良く忘れるからさ。また後で教えてね」 「なら、また後で声を掛けてね。おばちゃんはそれも忘れちゃうからさ」 食材の発注は完璧。昨日の内にチェックは済ませているので、大船に乗った気持ちで出勤している私は、メニューをよく忘れてしまうのだ。  どれどれと、玄関先の掲示板に貼り付けてあるメニューに目を凝らす。 「今日のメニューは野菜炒めだね」 そう言えば、昨日も同じ気持ちになったことを思い出した。難儀なメニューだと、私は表情を引き締めていた。 「今日のメニューは何ですか?」 先程とは違う、いつもの子が訊ねて来た。 「「おはようございます」」 互いに顔を見合わせ一礼するのが通例。 「今日は、野菜炒めですよ」 「本当?いいねぇ。僕はねハンバーグ」 彼は毎日お弁当持参組。それでも、毎日献立を気にしてくれる。 「いいですねぇ」 「「それじゃ、今日もよろしくお願いします」」 お辞儀45度も綺麗に揃えて終了だ。お決まりの言葉を彼に倣って交わし合い、笑顔を交わす。それがこの子と私の朝のルーティン。  営業マンの如く一人一人に挨拶をしながら、給食室まで辿り着く。割烹着に袖を通し、マスクを付ければ、好々爺の笑顔は消えた。口調もキリリと若返る。
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