仕事の流儀

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「さぁ、今日も締まって行きましょう」 野菜炒めは切り込みが多い。玉ねぎ、人参、キャベツは定番。 「今日は胡瓜が大入りですよ」 この施設は野菜菜園で収入を得ている。彼らが育てた野菜は勿論ここでも利用する。市場では売れない、いわゆる非売品が届くのだ。先に来ていた同僚の相方ともいうべき吉沢さんが、豪快に曲がった胡瓜を一本手に取りながら、冷蔵庫を確認している。ここは彼女と二人で切り盛りしている食堂。 「分かりました。副菜はキュウちゃん漬けにしましょう。ピーマンの代打に胡瓜を野菜炒めにも入れます」 「胡瓜も入れるの!?野菜炒めに?」 まだ日の浅い彼女は少しの非難を込めて驚いてみせたが、私はそんな彼女に確固として頷いた。 「私たちが巧く使わなければ、それらは全て捨てられる運命にあります」 「それに暑いから汁物は冷や汁にしましょう」 今日は胡瓜のオンパレード。そして、それはおそらく明日にも続く。収穫期が来たのだ。  大量調理と言っても総勢80名足らず。給食センターのような巨釜はここにはない。家庭よりは大きな鍋が三つガスコンロに並ぶ程度。  先ずは玉ねぎを炒めることにする。  油を一回し、先に塩を入れる。そこへリン片をバラバラにした玉ねぎを投入。サッと炒める。最後に胡麻油で風味付け。そしてバットに空ける。それを繰り返すこと数回。 「先に、塩を回すの?」 「その方が馴染みやすいの。それに、玉ねぎから水が出て焦げにくいから」 何度も使い回す鍋は、焦げ付き難い食材から順番に炒める。  玉ねぎの次は大量に短冊切りした人参。人参は玉ねぎよりも糖分が多いから焦げやすい。玉ねぎと同様にして炒めている間に、吉沢さんは胡瓜の厚手の輪切りが終わった模様。 「湯を沸騰させている所にくぐらせてください。サッとでいいです。但し、流水で冷やさないでそのまま放置しておいてください」 指示通りに動いてくれる頼もしい相方をチラリと確認しながら、私は冷蔵庫から豚コマを取り出した。胡瓜が終わったら次にこれを茹でて臭みと、余計な油を抜く。 「旨味も同時に抜けませんか?」 野菜炒めで肉を茹でることに彼女は眉根を寄せた。 「大量過ぎて炒めきれないの。それに、どうしても炒めるというより蒸し調理になってしまうわ。カロリーダウンの観点と、時短の観点から得られる方の利が大きいのよ」 彼らの多くは健常者ではない為、運動にも介助者が必要だ。自発的には難しい。その為だろうか、ふくよかな子が多いのだ。 「但し、沸点はダメ。パサつくの」 沸騰していた湯に料理酒を入れて、温度を下げてから肉を投入した。軽く混ぜて、肉を解す。その間に、吉沢さんは人参を味見した。 「やや固めではないですかね?それに味は塩と胡麻油だけですか?」 「ここの子たちは驚くほどに早食いが多いのよ。少し固めに調理するようにしているの。しっかり噛んで、人参本来の味を味わってもらいたいからね」 彼女は学校給食センターからの転職だった。そちらでの経験から、柔らかい人参が定着しているのだろう。遥か昔の学校給食の味を思い出しながら私は応じた。懐かしい味と触感が脳裏に甦って、口元が綻んだ。
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