仕事の流儀

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「人件費を削減するために調理業務の簡略化を図ろうと思う」 ある日突然に上役からそう告げられる。 「簡略とは、例えばどういうことですか?」 「冷凍品を使って行こう。洗うの大変でしょう?冷凍野菜を使えば人件費よりも割が良い。手の込んだ料理を辞めて、加工品を使っていくとかね」 (それはもう、調理とは言わないわ……) 「冷凍野菜は正直に言って、味が落ちますよ」 「でも、牛蒡とかは土付きより衛生上良いと思いますよ」 吉沢さんが賛同の声を上げる。 「衛生面は気を付けてきちんとすれば問題ないでしょう?」 「でも、時短は間違いないですよ」 (でも、塩素消毒されていて、風味も触感も格段に落ちるわよ……) 「まぁ、私たちは下っ端ですからね。上の指示に従って動くだけですよ」 ね?と、彼女に同意を求められても私は頷けない。不満そうにする私とは裏腹に、仕事が楽になることの方が彼女としては望ましいようだ。 「人件費を削減するってことは、私たちはどうなりますか?」 「ああ。安心していいよ。君たちの解雇という話じゃないからね。今度ね、事業拡大で食数が増えるんだよ。調理員を増やすことはできないから、今のままの人数体制で、調理法だけ変えていく方針なんだ」 「給食でここの野菜を使わない方針なら、売り上げに響きますよね?」 「市場に随分正規ルートの確保が出来て来たから、そう響かないと思うよ?」 「私たちが使ってきた野菜は市場不適正の非売品です。売り上げに響く筈ですよ」 尚も食い下がる私に、その事実を知らなかったのか経理担当の彼は眉を顰めた。曲がった胡瓜や、何本も足のある大根、張り詰めてひび割れた人参たち。それらを私たちが使わなければ廃棄処理される。 「それを適正価格で君たちは使っているのか?」 「その筈です。それらを含んだ売り上げから皆さんの労働賃金が算出されていますよね?労働賃金の引上げ目標に響いてきますよ」 目標金額に程遠いことは、他の職員さんの愚痴から聞いていたのだ。 私たちが非売品を正規品として買い取ることで、給食費を支払う彼らともイーブンの関係にある筈だった。 「多少のメニュー変更は必要ですが、今の人員でも食数は十分増やせると思います。今のスタンスを維持できると思いますよ」 私は嫌だった。冷凍野菜を使うのも、加工品ばかりの給食を提供するのも。それは私と、彼らの価値を下げる冒涜行為に思えた。 「なら、当面は君に任せるよ。原価が上がるのはこちらとしても手痛いところだったからね」 私の隣で吉沢さんが渋い顔を見せていたけれど、私は気付かぬふりをして頷いていた。
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