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 数日後、晶は手にコンビニの袋を提げて自宅アパートへと戻ってきた。さっきから頭の内側を鈍器で叩き続けられているような痛みとどうしようもない倦怠感が晶を支配していて、鏡を見なくても最悪な顔色をしているのは分かっていた。  歌声を聴きながら熟睡してから二日くらいはとても調子が良くて、家でも短い時間ではあったが眠ることができた。これはいい方向に向かっていると思ったのに、そうではなかったらしい。  どうして歌声であんなに眠れたのか分からない。わからないけれど眠れたのは確かで、だったらお礼とお願いを兼ねて彼のところへ行くしか、晶には考え付かなかった。  晶は、よし、と気合を入れて隣のドアのインターホンを押した。  しばらく待っていると、鍵が開き、ドアが開く。そして、驚いた顔をした長身の若い男が出てきた。 「こんばんは……橋本くん、だったよね?」 「……隣の飯塚さん、だよね?」  短い黒髪に、大きな目と口が印象的な美丈夫な彼はそう聞いた。晶は頷き、自己紹介をする。すると彼も橋本悠斗(はしもとゆうと)です、と頭を下げた。 「ごめん、今日は君に頼みがあって来ました」 「頼み?」  困惑顔で首を傾げる悠斗を見上げ、晶は頷いた。そして、現在不眠に悩まされていること、先日聞こえた悠斗の歌声で眠れたことを話した。 「だからね、毎日じゃなくていいから、歌って欲しいんだ」  晶が言うと、悠斗はとても困った顔をして、押し黙った。当然だろう、こんなお願いをいくら隣人とはいえほぼ初対面の人にされて、すぐに、はい、とは言えない。  悠斗はしばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。 「えっと……晶さん、隣なら知ってると思うけど、アパートの他の人には音痴って怒られるくらい下手だけど……いいの?」  確かに昼間聞く、弾き慣れていないギターと、少し外れたメロディーは騒音の一歩手前だ。けれど先日聞いた歌声は調子が外れていてもいなくてもどちらでもいいと思えるほど、晶を絶望の淵から救ってくれたのだ。  悠斗の言葉に晶は大きく頷いた。 「君の声がいいんだ」  その言葉を聞いた悠斗は、一瞬目を逸らし、それから笑顔で、いいよ、と頷いた。
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