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前田が晶に触れようとした、その時だった。二人の間に突然、白い鉄製のドアが現れた。そしてすぐにドアを開けた人物が目の前に立ちはだかる。 「晶さん、大丈夫?」  その声に、存在すべてに晶はほっと息を吐いてゆっくり頷く。 「悠斗くん……」 「ごめん、見守ろうと思ったけどやっぱり無理。晶さんに誰かが触れるなんて絶対嫌だ」  晶の肩を抱き寄せ、前田に対峙した悠斗は鋭い視線を向けて、どちら様? と冷やかに聞いた。 「そっちこそ、誰だ?」 「晶さんの……お隣さん、かな?」  少し寂しそうな声で悠斗が答える。その様子を見た晶は、今だと思った。伝えるなら、今しかない。晶は思い切って唇を開くと、違う、と言葉にした。前田はもちろん、悠斗もこちらを見つめる。 「違うんだ、悠斗くん。僕にとって君はお隣さんじゃない。僕の、好きな人だ」 「晶さん……」 「遠回りして、傷つけてごめん。でも、もうこの気持ちに迷いはないから」  はっきりと告げると悠斗は嬉しそうに笑って、首を横に振った。 「俺も、ちゃんと伝えてなかったって、後悔してたところだったから――そういうわけだから、あんたももう奥さんのところ、帰りなよ」  晶から視線を前田に向けた悠斗がそう言い放つ。屈辱に顔を赤くした前田は、晶に思いつく限りの罵りの言葉を浴びせてからアパートを後にしていった。悠斗に両耳をふさがれていた晶はその半分も聞かぬまま、悠斗に手を引かれ、抱え込まれながらベッドへと倒れこんだ。 「悠斗くん?」  晶を後ろから抱え込むように横になった悠斗は、ぎゅっと晶に強く腕を回しながら晶のうなじに唇を当てた。 「……好き。好きだよ、晶さん。初めて見てからずっと好きだった」  晶が、え? と振り返ろうとすると、ダメ、と悠斗が更に強く晶を抱きしめた。 「晶さんが引っ越してきた時、俺慌てて家出たら鍵落として、晶さんがそれ拾ってくれて、気を付けてよって笑顔で送り出してくれて……正直、一目惚れだった。だから晶さんがうちを訪ねて『君の声がいいんだ』って言ってくれた時は運命だなんて勝手に思って……気持ちも伝えずに嬉しくて先走って困惑させてごめん」  悠斗の言葉に晶は緩く首を振った。 「あの時はホント、助かったよ。あの時だけじゃない、今もずっと悠斗くんに支えられてる」  晶はそう言うと身を捩り、半ば無理やり悠斗に向き合った。見たことのない、悠斗の泣きそうな顔に、晶は驚き、次第に愛しい気持ちでいっぱいになって、その唇にキスをする。 「見てほしくなかった、こんな顔」 「なんで? 可愛いよ」 「可愛い、とか嫌だよ。歳は俺が下だけど俺は晶さんを守れるカッコいい人になりたい」  ヒーローに憧れる小さな子のような、そんな目をした悠斗に、晶は頷きながらも、やっぱり可愛い、と思ってしまう。 「晶さん」  悠斗がそう囁きながら晶を組み敷こうとする。晶はそんな悠斗の頬にキスをしてから微笑んだ。 「歌って、悠斗くん。今夜は君の子守歌で眠りたい」  晶を抱く気満々だった悠斗は、不満そうな顔をしながら、それでも小さく息を吐いて、晶をそっと抱きしめた。 「今日は晶さんのわがまま聞くから、明日は俺のわがまま聞いてよ」  頷くと、悠斗の体温と穏やかな鼓動、そして優しいメロディーが晶を包む。  まどろみながら、晶はもう一度、好きだよ、と囁いた。 意識の片隅で、俺も、と聞こえた気がして、晶は微笑みながらゆっくりと幸せに落ちていった。
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