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パソコン部室に飛び込んだ僕は、素早く身を屈め周りを見渡した。 後に続いて入ってきた花を手振りで促し、部室の隅へ移動し机の一つに身を隠す。 「どうしたの?推理するって何?」 混乱した様子で説明を乞う花に、静かな声で逆に問う。 「今日、花も知らない間にここに来てたのか?」 「・・・ううん。夜はよくプールに来るの。お気に入りの場所だったから」 「そうか」 それならば、僕は真実を知った事で無意識にこの場所に吸い寄せられたのだろうか。 「この前の黒いヤツ、覚えてるだろ?」 「あのオバケ?」 「いや・・まぁそれだ。僕が思うにアレは、僕達と同じように幽体だ」 「え!?」 目を丸くした花が、思わず音量が上がった口を押さえる。 「どういうこと?」 「推測だけどな。僕はあの日、溺れた時に意識を失ったんだ。その時僕は夢を見てた。悪夢を」 今でも時折思い出すトラウマ。動かない足、周りは何も見えず、息も出来ない。 あの時、僕のSOSに花が吸い寄せられたという事なら、今回も同じかもしれない。 「本人にとっては夢であり、不完全な幽体離脱状態、それがアレだ」 僕が真っ直ぐ指差した先、部室の入り口付近を花が振り返る。 そこには既に“悪夢”が立ち竦んでいた。 「ひ・・・」 花は短く声を上げる。 前回遭遇した時と同じように、体が硬直していくのを感じる。 しかし、今回は遭遇した訳ではない。自ら飛び込んだのだ。 勇気を奮い起こし、腰を上げる。 「ちょっと!何する気?」 「いいから、待っててくれ」 花の制止をなだめ、黒い影に向き合う。影はいつかのように大江先輩の机へ向かう。 「最初に気になったのは、五條先生の嘘だ」 影がピタリと動きを止める。 「犯行の正確な時刻を知りながらそれを伏せ、パソコンの発見時刻も嘘をついた。怪しい事この上ない。でも、あの時五條先生がプールサイドに現れたのはパソコンが投げ込まれたすぐ後。犯人じゃない」 後ろで花が『違うの!?』と小さく声を上げたのが聞こえた。 「じゃあ何故嘘をついたか?それは犯人を庇ったからだ。いや、実行犯と言った方がいいかな。その実行犯は、犯行の時刻が正確に分かると疑われかねない立場にあるってことだ。例えば・・・1時限を休んだ生徒とか」 尚も目の前に佇む影は、捉え所も無く揺らめいている。声は届いているんだろうか? 「部室棟は校舎同様、夜間に見廻りがあるから開けっぱなしにしておくことはできない。施錠されたパソコン部室に入れた以上、部室の鍵を使える人物が必要だ。鍵は顧問の帯山先生が持っていて、その時は教壇に立ってたらしい。残るは職員室にあるだろうマスターキーだ。五條先生がマスターキーを用意し、部室棟に誰も入れないよう見張りに立つ」 今日、幽体で職員室を物色したのは、そもそもマスターキーの存在と当時の教員授業割り当ての情報収集が目的だった。 帯山先生は3-2で世界史の授業中。五條先生は割り当てが無かった。 「じゃあ実行犯は?」 後ろの花が机の影から顔を出して問いかける。 「実行犯である為の要素は3つ。大江先輩のパソコン内のデータを消したい動機がある事。当日自由に動ける事。そして一番重要なのは、教師である五條先生とこんな犯行を画策出来るほど、親密な繋がりがある事」 目の前の影は相変わらず微動だにせず佇んでいるが、その深い霧のような姿が心なしか輪郭を帯び、像を結んできたように感じる。 「まず動機。怨恨なら壊されたもの自体には大した意味はないかもしれない。しかし、大江先輩の作っていた“卒業アルバムアプリ”は完成したら3年生に配布される予定だった。もし、そうなっては困る要素が含まれていたなら動機になる。憶測だが、そういった内密な情報が意図せず混入しそうなデータとすれば・・・」 「写真か動画?」 花がいつの間にやらすぐ側まで来ていた。もう恐怖には順応したらしい。 頭で整理しながら話してるんだから、言葉を先取りされたらやりにくいぞ。 「・・・まぁ、そうだろうな。本物の卒業アルバムやSNSでも起こりうるトラブルだ。次に、当日自由に動けるかだが、実行犯が生徒だとしても共犯に教師がいるんだからどうにでもなるだろ。ウチの学校は遅刻・欠席に寛容だし」 「そんな事は無いと思う・・・」 うるさい。 「でだ。最も重要な要素は3つ目。五條先生との関係性だけど、これは動機と一緒に考えると予想はつく。五條先生と共犯者は公にされたくない写真か動画を共謀して破壊した。そして早い段階でそのデータについて知る機会がある人物。大江先輩の身近にいる人だ」 「それって・・・」 ほんの少し背後の花を見やり、誰にともなく言った。 「大江先輩のお姉さん。2人は交際していた」 僕が結論を口にした刹那、霧のようだった影が突如轟々と音を立て畝り、その衝撃は風となって僕等に降り掛かった。 「うわっ!」 「キャッ!」 その風は周りの机や、その上の本や書類も吹き飛ばしていた。それは一般的な視点からいえば、典型的な『ポルターガイスト』ってヤツに視えるだろう。 ハラハラと宙に舞ったプリントが地に着く頃、ようやく僕は態勢を起こし“犯人”へと向き合うことが出来た。 先程までは、只々黒い何かしらが霧状になって人の形を成していただけだったが、今ははっきりとその輪郭も、その表情も読み取れる。 大江先輩のお姉さんが、その“夢”が形を成してそこに立っていた。 『なんで分かったの?』 その問いかけは確かに先輩の声だ。先輩自身が今の状態をどう認識しているかは分からないけれど、意思疎通が取れるならば、僕は応えるべきだろう。 「最初に引っかかったのは、着信音です。スマートフォンの着信音にオルゴール音って珍しいなと。しかも古い曲、それこそ五条先生の世代に流行った曲でした。だからもしかしてガラケーの五條先生と着信音を揃えてるのかと思ったんです」 『そんなことで?オルゴール曲を設定してる人なんて普通にいるんじゃない?』 先輩は柔らかな笑みを浮かべながら僕の推理を追及する。 どこか楽しんでいるようにも思える先輩に、僕も硬い笑顔で応戦する。 「それはキッカケです。僕は別に、推理力に長けた探偵なんかじゃない。確たる証拠がある訳じゃないし。ただ“反則技”を多用出来るだけの高校生です。あとは単純に裏付けを取っただけ。五條先生の着信音を確かめました」 僕が今日行った“なんちゃって捜査”の中で一番時間を浪費したのがこの作業だった。 幽体状態で五條先生の背後に憑いて回ること半日。ようやく鳴った五條先生のガラケーの着信音は先輩のものと一致した。 先輩は『そう』と小さく言って、少し悲しそうな顔をした。 「消したかったのは、なんのデータだったんです?」 『修学旅行の時の動画よ。妹はアプリ用に多くの3年生から写真や動画のデータを集めていたんだけど、その一つに私と先生が2人でいるところが偶然写り込んでいる物があるのを偶然知ったの。妹のスマートフォンに入ってた、仮テスト用の試作アプリでね』 「ちょ・・ちょっと待って!」 今までぽけーっと突っ立っていた花が急に話に入ってくる。 「なんだよ・・・」 「ついて行けてないの!色々と!だってさ、確か犯人はパソコンに疎いんじゃなかったっけ?それかロックが掛かっててパソコンが開けられなかったの?」 そこが気になるのはわかる。でも本当の所、この部分に僕は触れたくなかった。 「・・・五條先生は実際パソコンには疎かったんだと思う。だからこそ実行犯を立てたんだし、実行犯になったのなら先輩はパソコンが不得意でも無いんだろう。ロックが掛かってた場合も、先輩なら開けられる可能性は高い」 保健室での出来事。あの時妹さんからスマートフォンを手渡された先輩は、ロックの解除番号を聞くそぶりを見せなかった。 ということは、スマートフォンに於いてはロックが掛かっていない。もしくはロック番号を先輩は知っていることになる。 PCの方だけロック番号を変えている場合を別にして、そういった障害に悩まされる可能性は低かっただろう。 「じゃあ、なんでプールに投げ込んだりなんかしたの?」 花がこの問いをするだろうとは思っていた。 「それは・・・」 今日、柄でも無い探偵気取りの行動を、寝付けない程後悔した一番の理由がこの事だった。 花に向き直る。僕の背後では、夢の中にいる先輩の幻影が今も微笑んでいるんだろう。 「花。想像してみてくれ。授業を抜け出して、妹の私物の中から大切な物を盗むんだ。しかもそれは自分にとっても大切な思い出で、それを盗んで消し去れと指示してるのは・・・その思い出を一緒に作った、好きな人なんだ」 花の表情が固まるのが分かった。 その動画に、どの程度の大きさで2人が写り込んでいるかは知らない。 それでも、五條先生が見張りに立つ無人の部室棟で一人、妹のPCから探し出した在りし日の思い出を目の当たりにした時、先輩はどう感じただろう。 全ては想像の域を越えない。今現在2人がどういう関係なのかも知らない。 それでも僕は、背後の先輩の方を振り返ることが出来ない。 何故なら事実、あの日PCはプールへと投げ込まれたのだから。
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