秘密の夢

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 彼女が毎晩うなされていると知ったのは、同棲を始めて同じベッドで眠るようになってからだった。  彼女は同じ悪夢を繰り返し見ているのだが、そのうなされようといったらすごかった。  唸り声はもちろんのこと、ときには叫び声を上げた。  しばしば体を激しく動かし、隣で眠っているぼくを叩いたり蹴ったりした。  ぼくはそのたびに目を覚ますことになる。 「うなされていたけど、悪い夢でも見た?」  ある朝ぼくはそう訊ねてみた。 「ごめん、ぜんぜん覚えてない」と彼女は言った。「もしかして起こしちゃった?」 「起きていなければ、うなされていることに気がつかない」 「それもそうか」  そう言って彼女は能天気に笑った。  こっちの気も知らないで。  その後も彼女は毎晩、悪夢を見てはうなされていた。  ぼくは我慢して彼女と一緒に眠った。  同棲しようと言ってくれたのも、同じベッドで寝ようと言ってくれたのも、彼女のほうなのだ。  ようやく手に入れた人間としての幸せを、ぼくは手放したくなった。  しかしある晩、ぼくはとうとう我慢ができなくなった。 「もう、限界だ」  ぼくは悪夢にうなされている彼女の頭に手をかけた。  口の中は、よだれでいっぱいだった。  翌朝、目を覚ますと彼女はベッドにいなかった。  彼女は先に起きて、朝食の準備をしていた。 「おはよう」とぼくは言った。「今日は早いね」 「そうなの」と彼女は元気よく言った。「なんか昨日はよく眠れたみたい」 「悪夢を見なかったからじゃない?」  ぼくがおどけて言うと、「そうかもしれない」と彼女は微笑んだ。  そうでしょうとも。  彼女の見ていた悪夢は、ぼくが食べてしまったのだから。  おかげで今は、お腹いっぱいだ。 「朝食ができたよー」と彼女が言った。  目玉焼きとベーコンとレタス、それにスープ。主食はトースト。  お腹いっぱいの体に、ぼくはそれらを放り込んだ。  彼女の悪夢があまりにおいしそうだったからつい食べてしまったが、やはり夢を食べるのはよくない。  朝食に影響が出るし、それにぼくの正体に気づかれでもしたらそれこそおしまいだ。  今後はちゃんと我慢しなければ。 「おいしい」とぼくは、テーブルの向こう側にいる彼女に微笑んだ。 「よかった」と彼女も笑った。  ようやく手に入れた人間としての幸せを、ぼくは手放したくなった。  夢を食べる妖怪でありながら、(ばく)であるぼくは、彼女と生きることを夢に見ていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!