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夢と希望
バステト神殿で参拝を済ませたムクターさん一家は、リビアの同じ村から数年前にエジプトに移り住んだ友人、ラモセさんを頼った。ラモセさんが葡萄農園の経営で成功、広大な田畑を所有したと聞いていたからだ。
大の猫好きで、猫の神様バステトを熱心に信仰する、信心深く人情味溢れるラモセさんのおかげで、ムクターさんはすぐに農園での仕事を得ることができた。しかも住居まで世話をしてもらえたのだ。
ラモセさんは幼なじみのムクターさんと再会できたのがよほど嬉しかったのか、夕方、ムクターさんの新居にやって来て、
「ムクター、エジプトにいれば食うことに困らない。しかも銀貨を使えば外国との貿易をより効率よく出来る。これまでのように国内だけの穀物同士の物々交換より簡単で儲けも大きい」
と胸に秘めた事業のことを打ち明けた。
「貿易か……たしかにこれだけ外国から多くの人がやってくると、それだけ様々な物が流れ込んでくるし、逆に持ち出されるということだな」
ムクターさんも予想外の話に、とてもワクワクする。
「交易都市ナウクラティスを知っているか?」
「ナウクラティス」
「現政権の王、イアフメス二世がギリシア人に開放している、エジプトとギリシアの美術、文化交流の象徴的都市だ」
「ギリシア傭兵団の大規模な基地があるという噂の都市だな」
「そうだ。そのナウクラティスで、エジプトの質のいい穀物を、ギリシアをはじめとする海外に輸出し、逆にギリシアを含むさまざなま外国から高級ワイン、銀、木材、オリーブ油を安く輸入すれば、莫大な利益が出ること間違いなしさ」
「なるほど」
「どうだ」
ラモセさんの話はとても魅力的だった。
「しかし高級ワインまでもどうやって?」
ムクターさんはワインと聞いて驚いた。
「王家の連中は高級ワインを昔からよく飲んでいたが、高価だから我々が手にはすることは出来なかった。だが、ギリシアから高級ワインを安く手に入れることが出来るんだよ」
「へー、そんな方法があるのかい?」
ムクターさんはびっくりした。
「すでにその手筈は整っている」
ラモセさんは微笑むとムクターさんの肩をポンと叩いて、
「友よ頼りにしているぞ」
そういって家に帰って行った。
ムクターさんは大きく深呼吸をしてナイルまで歩いた。ナイルの辺までくると、真っ赤な夕日にむかって大きく両手を広げ、まるで太陽を抱きかかえるようなポーズで、
「がんばるぞ!」
と叫びながら、母なるナイルに沈む、真っ赤な太陽を力いっぱい抱き締めた。
「あなた、あたし達も頑張ります」
いつのまにかマブルーカさん、そしてレイラとダイアンもやって来て、ムクターさんとナイルの川べりに立った。
「ありがとうマブルーカ、レイラ、ダイアン」
ムクターさんは家族の肩優しく抱き寄せた。
「あたしも頑張るわ!」
レイラも目を輝かせた。
「プルルー」
そしてダイアンも。
こうしてムクターさん一家の夢と希望のエジプト暮らしが始まった。
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