ある満月の夜の事

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 満月が輝く、蒸し暑い、夏の夜の事。  一人の女の子が、夜の道を歩いていました。  てくてく、てくり。てくてく、てくり。  塾からの、帰り道。  てくてく、てくり。てくてく、てくり。  いつもより遅くなってしまって、近道をしようと、いつも通らない道。  てくてく、てくり。てくてくり。  …真っ暗で、ぽつり、ぽつり、点々と街頭が灯る道。  …女の子は突然、はっと後ろを振り向きます。  そこには、誰もいません。  …けれど確かに、人の気配がしたのです。  誰もいない筈なのに、誰かがいる気配。  怖い。  怖い怖い。  怖い怖い怖い怖い。  早く帰ろう。  早く帰って、アイスクリームを食べよう。  大切に大切に取っておいた、美味しい美味しいアイスクリーム。  女の子の足は、自然に早くなりました。  …どうして…?  どうして、この道は、こんなにも怖いの…? 「…それは、満月の光が呼ぶからだよ」 「…呼ぶって、何を?」 「色々な、怖いモノ。  …ほら。そこにも」  女の子は、すいと、電柱を指差しました。  街頭に照らされた、電柱。  影が、ゆらりと。  …ゆらりと、蠢いた様な気がして。 「ひっ…!」  女の子は小さく悲鳴を上げ、頭を抱えて、その場に蹲ってしまいました。  怖い…怖いよぉ…! 「…大丈夫だよ」  女の子は、顔を上げました。  誰かが。  見た事の無い…けれど、見覚えのある誰かが、  微笑んで、手を差し出していたのです。  女の子は、その手を取って立ち上がります。  誰かはにっこりと笑うと、女の子の手を取り、女の子の手を引いて、歩き出しました。  …何故でしょう。  今まで、あんなに怖かった夜の道が、  その誰かと一緒にいると、不思議と、怖くなくて。 「…ねぇ。  どうして、満月の夜には怖いモノが出るのか、知ってる?」 「…ううん、知らない」 「…満月の光は、通り道になるの。  人のいるこっちの世界と、人じゃないモノのいる向こうの世界。  その二つの世界を繋ぐ、通り道に」 「…良く…分からない…」 「それでも良いよ。  あなたはそんな事、分からなくても良いの」  誰かはくすくすと笑いました。  …それから女の子と誰かは、色々なお話をしました。  お父さんの事。お母さんの事。好きなアイスの味の事。今読んでいる本の事。 「着いたよ」  …やがて辿り着いたのは、温かい光を放つ、女の子の家の前。 「…ねぇ」 「どうしたの?」 「…………あなたは、誰?」  女の子の言葉に、誰かは答える事無く微笑んで、 「…良かった。  あなたを守る事が出来て、本当に…本当に、良かった」  誰かは、  女の子にとても良く似た、けれど女の子より少し年上に見える女の子は、 「大丈夫。  ずっと、見守っているからね」  そう言って、微笑んで、  …ふわりと、いなくなりました。  これはその後、女の子が、お父さんとお母さんに聞いた話。  女の子が通ったあの道は、沢山の交通事故が起きていた事。  その交通事故のせいで、沢山の人が亡くなっていた事。  …そして女の子には、小さな頃亡くなったお姉ちゃんがいた事。  女の子はそれ以来、危ないと思った所には、近寄らなくなったそうです。
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