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 去年の9月頃、僕は生まれて初めて入院をしました。初めての経験にワクワクしていたのですが、ただ一つ嫌だったことと言えば、病院食がものすごく不味かったことでした。毎日朝昼晩どの料理を口にしても美味しいと思うものはなく、食事の時間だけは気分が落ち込みました。  ある日ふと、隣のベッドにいた男の患者さんが一切病院食に手をつけていないことに気づきました。そこで僕は「確かに不味いですけど、食べなくていいんですか」と尋ねると、その男はおもむろにこんな話を始めました。  私も昔は好き嫌いの多い子供で、母親をよく困らせていました。小学校の給食も遅く、いつも昼休みが終わるギリギリまで食べて、結局食べ残したまま給食室へ食器を返えす日々でした。  そんなある日、母親は私を病院へ連れて行きました。どうやらそこでは他ではやっていない手術が受けられるらしく、私はどういう手術かを聞かされないまま麻酔で眠り、そのまま手術室へと運び込まれました。  目覚めてみても体には異変を感じず、母親も手術が成功したのか不安な面持ちだったのですが、先生が言うには成功だったので、その日はそのまま帰りました。帰る道中に何の手術だったのかと尋ねてみても、母親は「帰ればわかるわ」としか言いませんでした。  家に帰ると日はすっかり暮れており、母親はすぐに晩ごはんの準備へと取り掛かり、その間は私はずっと鏡の前で体のあちこちを見渡すのですが、なにも異変は感じませんでした。晩ごはんができたと母親が呼ぶ声がしたので、ダイニングへ向かうと、テーブルには私の最も嫌いなピーマンを使った料理が並べられていました。私がピーマンをどれほど嫌いかというと、見るだけで鳥肌が立つほどです。私は母親に「なんでピーマンがあるんだ」と思いがけず大きな声で言うと母親は「まぁまぁ食べてみればわかるわ」と言いました。  これまで散々嫌悪してきたピーマンを俄然食べられるようになる訳もなく、かなりの時間渋っていると母親は「いいから早く食べなさい」とこれまでにないほど怒鳴りました。あぁこれは只事ではないと感じた私は意を決してピーマンを口にすると、どういうわけか美味しいのです。そのとき初めてピーマンを食べたわけではなく、これまで幾度か無理矢理食べさせられたとこはあったのですが、どうもその苦味に耐えられず、それまでの食事をすべて嘔吐する始末でした。でもいまはその苦味を感じないのです。感動するほど美味しいかったのです。  どういうことか尋ねると、受けた手術は「口にするものが美味しく感じる舌」の移植手術でした。眠っている間にそんなことが起こっていたというショックも感じましたが、それよりもようやく食の苦から解放されたのだという喜びが遥かに凌駕しました。  それから私はキッチンにあったこれまで嫌いで食べてこなかったあらゆる食材を片っ端から口にしていったのですが、どれもすべて美味しかったのです。私は私のためにここまでしてくれた母親に感謝しました。ようやくこれで昼休みを自由に過ごせる、そんな喜びを胸にその日はいつもより早めに床につきました。  翌日、これほどまでに給食を楽しみにしていたことはありませんでした。合掌していただきますと言うと、スプーンを手に給食を次から次へと口に注ぎ込みました。生まれ変わったような私の姿に、クラスメイトをはじめ担任の先生までもがあ然としていました。  その日私は給食を一番に食べ終えました。するとクラス中から拍手が起こり、私はなんだか嬉しくもあり恥ずかしくもありました。  ごちそうさまを終えたあと、私は初めて昼休みに友達とグラウンドで遊ぶことができたのです。それはもう楽しくて、これまでの昼休みに感じていた辛さなどはすっかり忘れていました。  するとそこに強い風がグラウンドに吹き荒れ、砂利が舞いました。目に入らぬように腕を覆いましたが、その代わり口元が無防備になってしまい、数粒ほど砂が口の中に入り込みました。普通ならばここでペッと吐き出すところですが、私はその砂に今までにない味をおぼえたのです。気がつくと私は地面に這いつくばり、砂を集めていっぺんに頬張りました。その姿に気づいた友達が私を止めようとするのですが、その時点で私の意識はありませんでした。  目が覚めると保健室のベッドで横になっていました。私は自分でも信じられませんでした。友達になんと説明すればよいのか、まだ歯の隙間に残った砂の味わいに愉悦感に浸りながら、この状況を解決する策を考えていました。  すると保健室の扉が開く音がしました。もしそれが友達なら、合わせる顔がないと思い、慌ててベッドの中に隠れたのですが、そっと見てみるとそれは知らない子でした。その子はこちらへ近づいてくる気配がなく、私は安心してもとの体勢に戻りました。  その子は腕を押さえながら何やら痛みに耐えてい様子でしたが、保健室を見渡しても養護の先生の姿は見当たりません。いたたまれなくなり、ベッドから出て「どうしたの」と声をかけました。その子は「蜂に刺された」と小さな声で言いました。そういえば先生がスズメバチが多く見られるので注意するよう言っていたことを思い出し、このまま何も対処しないわけにはいかないと焦りを感じました。養護の先生をただ待つわけにも、探しに出てこの子を放置するわけにもいかないと思い、私は「ごめんね」と一言だけ言ってその子の腕の蜂に刺された箇所に口をつけ、思いきり吸いました。  口内に至上の旨味が広がりました。体に衝撃が走り、これまで食べた物がまるで食べ物ではないように思えてきました。  男は視線を病院食に移すと、一気に口の中にかけ込み、そしてすべて吐き出しました。  「こんなもの食ってられないよ」  そう言いながら天井を見上げました。口から涎が溢れ、腕には沢山の歯型がありました。  
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