オーナーの提案

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オーナーの提案

「美味しい~。」  愛仙は馴染みのフレンチ・レストラン『AMOUR ETERNEL』で、茉莉と 一緒に食事をしていた。  愛仙にとって、茉莉の笑顔が一番のご馳走である。 「どうですか。今日のお勧めコースは。」  シェフが、挨拶に来てくれた。 「ご無沙汰しております。  いつもながら、シェフの料理は最高です。  素材そのものの味を十分引き出した上、ソースはフォンが利いていて 旨味があふれ、全体としてまとまりがあり、こんなにも深い味を出せる なんて、流石です。  元一流ホテルのレジェンドのなせる業ですね。」  愛仙は、心から感想を述べた。 「ありがとう、そう言ってもらえると、嬉しいよ。  最後に君に食べてもらえて、本当に 良かった。」  シェフは、しみじみと語った。 「最後って、どういう意味よ。  せっかく、美味しいフレンチに出会えて、幸せな気分になり、また連れて きてもらおうと 思っていたのに。」  茉莉が、話しに割り込んできた。 「これ、茉莉。」 「かまわんよ。それより、愛仙君、こちらは、どなたかな。」  シェフが興味深く、茉莉を見つめた。 「紹介が遅れて、すみません。私の妻です。」 「え~、君が結婚。信じられない。あの遊び・・、おっと、失礼。  それは、作った甲斐があったよ。」 「初めまして、主人がお世話になっております。」  茉莉が、しおらしく振る舞った。得意技である。 「なかなか、良い奥さんではないか。  では、説明するから、話を聞いてくれたまえ。  実は、この一角に再開発計画があってな、このレストランがあるビルも、 新しく建て替えられる。  オーナーは、ニューウエーブとかいって、古いものを斬り捨て、新しい ものを創造すると息巻いておるんじゃ。  うちのレストランをだな、古いと決めつけておる。  カビの生えたお決まりの料理しか作れないから取り壊す、テナントとして 入れられないと 聞く耳を持たない。  困っておったところです。」 「酷いオーナーよね。顔が、見てみたいわ。」  茉莉がプンプン怒っているところに、思わず、後ろから声がかかった。 「こんな顔ですが、如何ですかな。」  茉莉が振り返ると、噂のオーナーが来ていた。  昔から、「呼ぶより、そしれ。」とか言われているが、本当であった。  オーナーは確かに年の割には、若々しく新しいブランド品を上手く 着こなしていた。 「澄んだ優しい瞳をしていますね。胸がキュンとなりました。」  まったく茉莉の変わり身の早さ、口の上手さには感心する。 「そんなこと言われたのは、生まれて初めてですね。  守銭奴、金の亡者と言われている私も、純粋な少年時代が確かに ありました。  話の内容は大方、わかってますよ。  美しいご婦人に免じて、シェフに一つ提案をしましょう。  私にフォアグラより美味しい肝料理を食べさせて下さい。  美味しければ、テナントの話を考えましょう。  不味ければ、今月中にこのビルから出て行って下さいね。  言っときますが、アンコウとかカワハギとかは、もう時代遅れですよ。  明後日、この時間、もう一度来ます。  せいぜい、頑張って下さい。」  そう言って、オーナーは去って行った。 「シェフ。茉莉のせいで、大変なことになり、申し訳ありません。」  愛仙が、シェフに頭を下げた。 「何よ。私のおかげで勝負できるんだから、ラッキーじゃん。」  茉莉が、ふくれる。 「そうですね。奥さんのお蔭で希望が見えてきました。  お礼を言います。  愛仙君、まったく君は良い奥さんを捕まえたな。」 「そんな良い奥さんだなんて、恥ずかしいですわ。」  世の中の男どもは、茉莉の外面の良さに騙される。  それでも、愛仙は、何だか誇らしかった。 「ところで、シェフ、フォアグラを超える肝に 心当たりはあるんですか。」 「それが、まったくない。」  あまりにも潔い返事に、茉莉と愛仙は肝をつぶすのであった。
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