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序章
「先輩、」
意を決したような彼の表情はどこか必死に見えて、夕日が照らす横顔は自分より一回り大人のそれに見えた。
人の気配がないからか彼の声が嫌に響いてすっと空気に溶け込んでいく。
校舎裏、放課後、二人きり、彼は真剣
導き出される解答は、当然のように”告白”だろう。
下駄箱に放り込まれた手紙も、それを裏付ける確固たる証拠だ。
それだけなら別に問題はない。相手の気が済むまで付き合って、その人が飽きたと少しでも感じたら速攻で振る。
今まで通りかつ単純で誰も悲しまない手法を取るだけだ。
だが今回の場合、問題が大きすぎる。
「ええと、久我君だっけ?なんかの罰ゲームならもういいよ。バレたとかなんとか言って早く帰りなよ、事実だし。先輩を弄るもんじゃないよ」
抑々僕は彼を知らない。まぁ一目惚れだとかなんとかでそういうこともなくはないが、流石に見知らぬ人を恋人とするのは難易度が高いんじゃないだろうか。
そんなことを求められても僕は答えられないし、お友達からで、が精一杯。
上手に立ち回れるほど僕は器用じゃない。
この返答に、彼は悔し気に唇を軽く噛む。その姿は本当に苦しそうで、なけなしの良心が僅かに軋んだ。
「罰ゲームじゃないし、先輩を弄る心算もありません…」
消え入りそうな蚊の鳴く声で目を伏せる。少し立った髪が風に凪がれる。
「あのねぇ、」
「先輩は、やっぱり男同士じゃダメですか!?軽蔑しますか!?」
「そういう意味じゃ「そうならそうと言ってください、俺諦めますから」君、はぁ…」
溜息を吐き視線を彼から外す。緑の混ざった黄ばんだ土に目を向けるのが妙に気まずくなって、結局はまた戻す。
彼は相変わらず真っ直ぐこちらを見据えていてやはり気まずい。
そう、最大の焦点は僕も彼も”男”だ、という所だ。
別に同性愛を否定するつもりはない。世界には色々の愛の形があるのだし、両人が納得しているのならそれで幸せなんだろう。
ただ、それは両人が納得している場合のみ。男女の恋愛でも当てはまるものだが、恋とか愛とかはなぁなぁで済まされるものじゃない。
「素直に言おう、かな。僕は普通に女が好きだ。第一君とは初対面だし、女でも一目惚れは受け付けない。男だからとかそういうんじゃなくて、まぁその、悪いね」
「そう、ですか」
最低だな、と密かに自嘲する。これは男だからという理由で拒否するより酷いんじゃないだろうか。
前提を弁えてから来い、そもそも知らないやつに興味はない、と、つまりはそういうことだ。
見る間に落ち込み始めた彼をみて、また一つ小さく息を吐く。
きっと怖かった筈だ。
彼の気持ちが本物なら、僕の想像以上に苦しんだ筈だ。
同性愛にある程度寛容になった現代でも、まだまだ完全に受け入れられているとは言えない。
親からの否定、友人からの拒絶、社会的地位の没落。
全部がそうなるとは限らない。でも可能性は十分にある。
その全てを踏まえた上で今、告白してきた。
惨いことをした、という自覚はある。最低な奴だ、という自覚はある。
そして、この手が彼をもっと苦しめることになる、という自覚もある。
「久我君、僕はまだ君のことを知らない。だから友達っていうのが無理でも、先輩後輩として、もう少し考えさせてくれないかな」
虚をつかれたように彼が目を見開く。
やってしまった。よりじれったくなると分かっているのにチャンスを示してしまった。
これは僕の甘えだ。
拒絶しきれない、中途半端な僕の最低な甘えだ。
今、この瞬間。
僕は世界で一番最低な野郎になった。
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