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うまい。
美明は満足してもう一口食べた。
シャキシャキの野菜。ピリ辛で酢の効いた食欲をそそる餡。それを受け止めるごはんの優しさ。いつもどおりの、最高に美味しい中華丼だ。
「これ……こんなの、毎日食べてるの? 人間は……」
「何よ。あんた味オンチ? これのどこが不味いのよ」
「こんな……、こんなもので人間は……満足して……」
獏はショックに震えながら、スプーンを器に戻した。
「あっ、やめてよ吐き出したもの戻すの!! 残り食べれなくなるじゃん!」
そんな美明の言葉など届かない。
獏は大反省していた。
自分はなんと甘えていたのだろうと。
毎晩自分に夢を提供してくれる人間達。その人間達は、こんな酷いものを食べて日々を生きているのだ。
たしかに夢には美味いものもあれば不味いものもある。だが、この味に比べたら。
この味に比べたら、美明の悪夢さえ、珍味で片づくレベルではないか。
この味に比べたら――!
獏はスックと立ち上がった。
「ミアカ……ごめん。僕、もうワガママ言わない。どんな夢でも、ありがたく食べるよ」
「いや謝って欲しいのはそこじゃないな」
「ありがとうミアカ。大事なことに気づかせてくれて」
そう言って、ふいに揺らめいたかと思うと、人の形をした獏の姿は空中に飲み込まれるように渦を巻き、やがて獣の姿へと変わっていく。
熊に似た頭と、ゾウのような長い鼻。白黄色の胴体からは、たなびく雲のような長い毛がゆらりゆらりと幾筋か伸びている。
美明は呆気にとられてそれを見つめた。
光を帯びながらそれは宙を駆けるように部屋をすり抜け、窓の向こうに緩やかな弧を描いて消え去った。
美明は慌てて窓に駆け寄り、その行方を目で追ったが、もうどこにも、獏の姿はなかった。
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