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部屋には美明だけが残され、しんと静まり返っている。
テーブルの上には、中華丼が二人前。
一つは三分の一ほど食べ進んでおり、もう一つは――。
もう一つは、全く手がつけられていなかった。
獏が吐き出した跡などどこにもなかった。
幻だったのだろうかと、美明は思う。
幻だったとしたら、それはそれで相当ヤバい。
「まー、いっか」
美明は残りの中華丼を食べ始めた。
いったい獏にはこの中華丼がどんな味に感じられたのだろう。そして夢とはどんな味なのだろう。
それは知る由もない。
人間には人間の食があり、獏には獏の食がある。それだけのことなのだ。
その夜美明は夢を見た。
自分も獏になって、獏と二人で夢を食べ、激マズヤバいと腹筋が捻れるほど大笑いしている夢だった。「不味い不味い」と笑い転げる美明を、獏はジットリとした目で見つめている。
そして美明の部屋では、やはり獏がジットリと彼女を見つめていた。
ベッド脇に立ち、果たしてこの夢、美味いのか不味いのか、食うべきか食わざるべきかと、美明の緩んだ寝顔をじっと見下ろしていた。
〈終〉
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