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それからというもの、美明は獏のことなどすっかり忘れていた。
あの後獏は一度も姿を現さなかったし、悪夢を見ることもなかった。快適に寝て、快適に起きる。その日々の中で、獏と出会ったあの夜のことは、取るに足らないあやふやな記憶の一つになっていった。不思議体験だからといって反芻するほどの興味を、残念なことに美明は持ち合わせていなかった。獏が残した置き手紙さえ、何も考えずゴミに出してしまったこともあり、証拠は何も無くなっていたのだ。
だが、獏はそうではなかった。
実は、美明に気取られないように注意しながら、そっと彼女の悪夢を食べ続けていたのだ。
毎晩ベッド脇に立ち、美明の夢をじっと眺め、悪夢が出たら食べる。食べる。また食べる。
楽しい夢を見ている時も、じっと美明の夢を眺め続け、悪夢が出るのを待っていた。
ひと月、ふた月、半年が過ぎた頃だろうか。
仕事を終えて家に帰った美明は、玄関のドアを開けた途端ギョッとした。奥の部屋に体育座りでうずくまる白い人影を発見したのだ。
「うおぅ、びっくりしたぁ」
そこに居たのは、紛れもないあの日の獏だった。
「久しぶりじゃん」
ドアを閉めて鍵をかけ、靴を脱いで、美明は石膏像のように動かない獏に近づいた。
「あんた獏でしょ、前に悪夢食べてくれた。どうした? 何か落ち込んでんの?」
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