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獏には獏の食がある
カーテンの隙間から月明かりが差す部屋で、ベッドに横たわり苦しそうに呻く女が一人。
名を美明という。今まさに、眠りと覚醒の狭間で悪夢にうなされているところである。
暗がりで何かが体に絡みつく。それを振り払って逃げようとするも、逃げられない。なんとかここから出ようともがくが、抜け出す寸前でまた苦しさに飲まれていく。目がうまく開けられない。前がよく見えない。とにかく目を開ければなんとかなる気がして必死に目を開けようとしては、強烈な眠気に引きずり込まれていく。苦しい。抜け出したい。抜け出せない――
漠然とした悪夢。美明は呼吸を荒らし、言葉にならない声を洩らす。
「う……ぅ……」
それを見つめる男が一人。
ベッドの脇に直立し、俯くように美明の顔を真上から見下ろして、じっと何かを考えているようだ。表情は無く、感情が見えない。
と、彼女が弾かれるように目を開けた。
「はぁっ! ……は」
瞬間、暗闇にぼんやり浮かぶ男の顔を認め、
「うわっ! えっ……」
反射的にシーツを掴み、肩をこわばらせ、そして絶句する。
死んだ!! 美明は絶望した。
深夜に、寝ている間に誰かが自宅に侵入したのだ。二十代女子の一人暮らしの部屋に! こんな無防備な状態でこんな至近距離に迫られて、いったいどう身を守れるというのだろう。心臓が冷えていくのを感じながら、男の一挙一動を見逃すまいと、美明は目を凝らす。
「今、悪夢にうなされてたよね」
「ギャー!!」
突然男が声を発したので、美明は驚いてかぶせ気味に大声を上げた。
男もまたその声に驚き、初めて表情を崩す。焦った様子で両手を振りながら、彼は静かに訴えた。
「えっ、えっ……、怖くない怖くないッ。僕獏だから」
「ボクバク!? って何!!」
美明もだいぶ焦っている。
「ボクバクじゃなくて、僕、は、獏」
「ばく……」
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