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昼時も過ぎて、そろそろ客足も落ち着いて来た頃なんだけど、おやっさんの目はピーク時以上に血走っていた。
それもそのはず。
今日は水曜日なんだから、きっとそろそろあの子がやって来る頃なんだ。
おやっさんもそれを意識してるようで、まるで巌流島で武蔵を待つ小次郎みたいに、腕組み姿で仁王立ち。
寸胴鍋から立ち上る湯気が、なんだかおやっさんの闘志そのものみたいに、ヌラヌラとそのハゲ頭を包んでいる。
閑静な街並みの調和を崩すような、目に痛いほどの赤い建物で、【大門ラーメン】はその看板を主張していた。
出来たばかりの新しいお店だし、僕もバイトに入ってまだ1ヶ月くらいだけど、あっという間にかなりの人気店に昇り詰めたことは、目が回るような毎日でなんとなくわかった。
そしてもう1つわかったのは、あの子の名前。
まだ3回くらいしか来てないけど、気さくに何でも話しかけてくるのが、理由の1つにあるだろう。
だけどそれ以上に、初めてここに来た時の、目玉が飛び出るくらいのインパクト。
それが僕にその子の名前を焼き付けて、絶対に忘れさせないんだ。
「こんちはぁー、おやっさぁん、ウチ来たでぇーっ!!」
勢い良く空いた入り口扉の向こうに、小柄な女の子の影。
“ウメちゃんが──来たっ!!”
いきり立って鼻息を吹くおやっさんの隣で、僕は密かに嬉しかった。
いつの間にかあの子が店に来る度、なんだかワクワクしてしまう自分を、そろそろ認めなくちゃいけなかった。
ウメちゃんは、年は僕と同じハタチ前後くらいだろう。
背が低くて、色が白くて、おかっぱの黒髪はいわゆる前髪パッツンてやつなんだけど、それがまた四六時中の笑顔を晴れ晴れと露出させていて──
「いらっしゃい、ウメちゃん。
今日も、アレ?」
一番端っこのテーブル席、いつもの場所に座ったウメちゃんに、僕はお冷やを運びながら尋ねる。
彼女は僕に、「あったりまえやん」と答えてから、厨房にいるおやっさんに向かって、元気な声を張り上げたんだ。
「おやっさん、チャレンジメニューの、ウルトラビッグバンラーメンひとつちょうだぁいっ!」
その声は、さながらリングに響き渡ったゴングみたいに、おやっさんの目に業火を灯したのだった。
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