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ウメちゃんがラーメンを吸い込めば吸い込むほど、おやっさんの顔は湯気を噴きながら赤くなっていった。
客の声援が盛り上がれば盛り上がるほど、握りしめた拳の震えが強くなっていった。
そんなおやっさんの憤怒を煽るように、我が物顔で丼を占拠していた麺の渦にも、どんどん陰りが見え始めてくる。
残り時間はラスト6分。
あとは少量の麺と、最後の難関のスープを残すのみ。
流石にここまでくればウメちゃんと言えども、顔中に玉のような汗を浮かべ、水を含む頻度も多くなっている。
この激戦も、ついにクライマックスを迎えた、まさにその時。
悪夢は、前触れもなく唐突にやって来た。
おやっさんが──壊れたんだ。
「ひゃあぁーっはっはっはぁーっ、そこまでだ小娘がぁっ!
残りラスト5分になったから、ここで新ルールの味変タイムだぜぇっ!」
「えっ、な、何言ってるのおやっさん、そんなルール聞いてないし、お客さんにも説明してないでしょっ!?」
「うるせぇ、雑魚がぁっ!
この店で一番偉い奴を言ってみろ!?
俺だよっ!俺が法律なんだよぉっ!」
僕を力任せに押し退けると、おやっさんは物凄い勢いで厨房に駆け込み、奥から何かを持ってきた。
それが醤油の一升瓶だと気づいた直後、いきなりおやっさんは、それをウメちゃんの丼にドバドバと注ぎ始めたじゃないか。
「ひゃあぁーっはっはっはぁーっ!
同じ味じゃあ、飽きてきただろぉ!?
サービスだよ、サービス、ほら、これもくれてやらぁっ!」
醤油だけでは飽き足りず、おやっさんはあろうことか砂糖を袋ごとぶちまける。
いや、それだけじゃない。
酢とか、豆板醤とか、カレールーとか、青汁とか、マヨネーズとか、果ては缶コーヒーやコーラまで、とにかく見境なくなんでもかんでも次から次へとラーメンにぶちこんでいく。
「や、辞めてよおやっさん、そんなことしたらラーメン不味くなって、食べれなくなっちゃうよっ!」
「うひゃひゃひゃひゃあ、不味くなるって?
食えなくなるって?
サイコーじゃねぇか、あひゃひゃひゃひゃあーっ!
さぁ小娘、食えるもんなら食ってみやがれってんだ!」
僕やお客さん達が、懸命におやっさんを取り押さえた頃には、
ほどよく背油の浮いた茶白色のスープが、ヘドロみたいなカオスな色になってしまっていた。
静まり返った店内に、おやっさんの荒い息使いだけが聞こえている。
さっきまでテンポ良く続いていた麺を啜る音も消え、慌てて見向いたウメちゃんの異変に、僕は思わず硬直する。
ウメちゃんは、化け物ラーメンからただの化け物に成り果てた物体をジッと見つめ、その瞳から涙をポロポロ流していたのだった。
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