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重い空気が、辺り一帯に立ち込めていた。
完全に箸が止まったウメちゃんは、顔を歪めてしゃくり声を上げ始め、僕は焦って彼女に駆け寄っていく。
「ウ、ウメちゃん、大丈夫?
もう、無理しなくていいから……ね?」
精一杯気づかった僕の声が、逆に涙腺の堤防を決壊させちゃったみたいで、
途端にウメちゃんは、ワンワンと大きな声を上げて号泣し出したんだ。
お客さん達もそれぞれにオロオロする中、すっかり目がイッちゃって笑い続けてるおやっさん。
やり場のない虚脱感が重いため息となって、僕の口からこぼれ落ちた。
戦いは……終わったんだ。
でもこんな形で終わっちゃうなんて、おやっさん……酷いよ。
これじゃあ、あんまりウメちゃんが……
ウメちゃんが……
「ウメちゃんが、可哀想だよっ!」
僕は込み上げる憤りを抑えられずに、ついおやっさんを怒鳴りつけてしまっていた。
その何倍も怒鳴り返されるかと身構えていたら、泣きじゃくる大声が、先にウメちゃんの方から上がっていた。
「ウワワァーーンッ!
可哀想なのは、ウチやないっ!
小麦だって、もやしだって、豚さんだって、みんなみんな元は生きとった命やんかぁー!
ウチら、いろんな命頂いて生きとんねんでっ!
それなのに……それなのに……美味しく食べてあげな可哀想やろがぁーっ!」
「ウ、ウメちゃん……」
「それだけやないっ!
野菜だって、肉だって、いろんな人が汗水垂らして、一生懸命美味しくなるように育ててきたんやないかっ!
おやっさんだってそうやろ!?
このラーメンが美味しくなるように、寝る間も惜しんで鍛練してきたんやろ!?
それなのに……
それなのに……
ウワワァアァーーンッ!!」
世界中の空気の流れが、一瞬にして止まったように感じた。
それだけじゃない、時間も、音も、何もかもがたちどころに凍りついていた。
ドクン……
ドクン……
と、心臓が高鳴りだす。
僕の胸の奥から熱いものが込み上げ、魂が震えてくる。
そうだ……その通りだ。
ウメちゃんの言う通りだ。
おやっさんは、デカ盛りメニューにこだわるあまり、料理人として一番大切な事を見失っていたんだ。
お客さん達も同調し、そうだそうだと口を揃える中。
渦中のおやっさんはと言うと──
床の上にぐったりとへたり込み、泣き崩れていた。
「ま……負けた……
お嬢ちゃん……俺が間違っていた……
もう……お代はいらねぇ」
おおおーっと一斉に上がった歓喜の渦。
手を取り合って喜ぶお客さんの中には、つられて泣いてる人もいる。
気がつけば、僕の目にもいつの間にか涙が滲んでいた。
これだから僕は──
ウメちゃんが、大好きなのかもしれない。
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