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感涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、おやっさんは、ウメちゃんに歩み寄った。
そしていくらか持ち直したウメちゃんに、帽子を取ったハゲ頭を深々と下げた。
「お嬢ちゃん……許してくれ。
実は俺、前にラーメン屋をひとつ潰しちまったんだ……
命がけで修行して、夜も寝ないで研究を重ねて……自分では申し分のない味を作れたはずだったのに……
結局並み居る強豪店や安いチェーン店の陰に、埋もれていっちまったんだ……
この店だけは……この店だけは、その二の舞を避けたくて……
無数にあるラーメン屋の中で生き残るためには、どうしても話題性が必要だと感じて……
俺はその話題性作りに、絶対誰にも完食できないような、日本一の超大盛メニューで挑むつもりだったのに……」
張りつめた緊迫が解けた店内に、窓から穏やかな陽射しが射し込んでいた。
ウメちゃんはゆっくりと顔を上げ、泣きはらした目をおやっさんに向ける。
「……おやっさん。
おやっさんのラーメン、ウチ好きやで。
この味は、おやっさんの努力と熱意の結晶やないか。
自分でそれを、ぶち壊したらあかんよ?」
「うっ……ううっ……すまない。
本当に……すまない。
ありがとう……ありがとうな、お嬢ちゃん……」
僕は今、猛烈に感動していた。
食べるということは、命によって命を繋ぐ、生物にとって根元的であり神聖でもある行為。
僕もいつの間にか当たり前になりがちだったけど、他の命や、愛情を注いでくれた人達への感謝を忘れないようにしたい。
そんな大切な事を、ウメちゃんから改めて教えられた気がする。
お客さん達も、みんなみんな、泣きながら2人に拍手喝采を送っていた。
ウメちゃんはニッコリと微笑み、おやっさんに右手を差し出す。
おやっさんも少し照れくさそうに、自分の右手で迎える。
──と、思ったのに、
ウメちゃんの右手はおやっさんの手をスルーし、壁に貼ってある大きなポスターを真っ直ぐに指差したんだ。
「あれ、おかわりっ!
おやっさん仕切り直しや、ウルトラビッグバンラーメン、おかわりっ!」
世界中の時間が、再び凍りついた。
~おわり~
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