そのくらいの照度

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詩乃の話は意外だった。 人は多面的なはずだ。でもイメージは他人が勝手に作るものだし、自分でだってキャラを作ったり仮面をかぶったりする。つくられたイメージに縛られて窮屈になることも多々ある。 「どこだろうなぁ」 「わからないもの?」 「当時のことはよくわからない。でも今ならよくわかる」 「今は?」 「今なんかいつもあるよ。いつも課の職員、全員死ねって思いながら仕事してる」 「わっ、過激」 「そんなの出さないけどね」 さっきまで遠慮がちだった顔が急に水を得た魚みたいに生き生きした。 「そんなふうに思われてたのか」 「うん。なんて言うか……」 「根暗なだけだよ。明るいところで堂々と悪いことなんてできない。そういう輪に入れない。そういうのを共有できれば、俺も一緒に謹慎してたのかもね」 それは今だって同じだ。 必死にやるべきことをやっている自分。できない人の分ができる人のところへ回ってくるだけ。立ち回りの上手い奴が気に入られて、仕事量が増えても必死さは認められず疎外感が増すだけ。 自分でも珍しくよく喋った気がした。 やはりこのくらいの薄明かりの方が自分には合っている。真夏の太陽の明るさの下で情熱をほとばしらせるのは性に合ってない。 子供の頃から惰性で野球を続けてきたが、最後に残ったのは、つらいことも文句を言わず淡々とこなす性根とそんな気持ちだった。 「ところでね」 「うん?」 「私さっき、ずっと見てたって言ったでしょ?」 「うん」 「その時はよくわからなかったんだけど、卒業してから気がついたんだよね。あ、私、悟のことが好きだったんだなって」 「は?」 再び詩乃の顔を見た。ニコニコしながらこっちを見ていた。 「だからずっと気になって見てたんだなって気づいたの。また会えたらいいなって思ってたら10年も経っちゃった。でも良かった。また会えた」 「えーと、そのそれは……」 「いいのいいの。酔った勢いだから。素面だったら言えないだろうし。明るかったら何も言えない。私もそんな人間」 唐突な話で面食らった。詩乃は少し早足で前に出て、こっちに向き直った。 「さっき、がんばってたのは見ればわかるって言ってくれたの嬉しかったよ」 そう言って微笑んだ。微笑んだ詩乃は月明かりに照らされて、青くて儚くてきれいだった。 「詩乃、ちょっと」 手招きすると「なに?」と寄ってきたので手を取った。「ひゃっ」と驚いた声を上げた。 「手をつなごうよ」 「……悟って結構大胆なのね」 「暗いからね。暗いときは大胆。さっきのはそういう話なんじゃなかったっけ?」 「うん、そうだった……」 お互い指を絡ませる。波長があったような気がして嬉しかった。 誰か一人見ていてくれればいい。 薄暗いのも悪くない。 〈了〉
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