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第1章 ひねくれた落し物
愛城亜里沙は困っていた。
「ここにも……そりゃないか……」
放課後。誰もいない教室の窓からは、蝉の声とともにブラスバンドのチューニングしている管楽器の音、野球部の掛け声やテニスラケットに当たるボールの小気味よい跳ね返しの音が聴こえてくる。
そんな教室で一人、ゴミ箱の中を覗き込み、手を突っ込んでは何かを探している亜里沙。
探しているものはなく、紙くずとティッシュと団子になった埃にやたら長い髪の毛がひっつくだけ。
手についた埃を叩きながら今から行く場所を憂鬱に思い亜里沙は教室を出た。
(捨ててくれてた方がまだマシなのに……!)
亜里沙が探しているのは授業に使うキャンパスノート。に一見みえるが、その実、その日その日の愚痴や不満を書き綴った日記帳にすぎない。
(ささっと行って、ささっと帰ろう)
南校舎の一階に降りれば、階段下の掃除用具が入ったロッカーやバケツが置かれた位置から斜向かいに職員室があり、その隣には『落し物』と油性マジックで書かれた張り紙が貼られている長机がある。
その机上にはシャーペンにマッチ棒のように短い鉛筆、角が丸まった消しゴム野球帽など無造作に置かれており、カオスな落し物コーナーになっている。
そして……
(早く行かないとヤバイかも!)
365日ここを通る学生や先生に見られてしまうという羞恥地獄になっている。
もともと英語の学習ノートにしようと考えていたノートのせいか(2年になって担当の先生が変わりプリント学習になったので)ご丁寧に日記帳には亜里沙のフルネームがローマ字で書かれている。
(ヤバイヤバイヤバイ! 非常にまずヤバイ!)
好奇心旺盛な中学生だ。落し物コーナーに置かれた日には確実に中を読まれ、噂が噂を呼び、クラスメイトにも見られ、亜里沙に出会うたび「うわぁ……、コイツがあのノートの持ち主かよ、……引くわぁ」「あんなこと考えていたなんて……引くわぁ」「そんな子とは思わなかった……引くわぁ」なんて3コンボは確実にハートを殴ってくるし下手したら抉られて一生治らない傷になる。
それに……
(ただでさえ、近づかないよう気をつけてたのに)
こんなことで今まで行かないように気をつけていた職員室(手前だが)に行くなんて。職員室と先生が苦手な亜里沙の胃が凭れた。
(せめて『英語』で読む気を失せてくれ、頼む〜!)
表紙に書いた科目教科を思い出し、祈った亜里沙は隣の校舎へと走った。
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