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月夜のさざめき1
それは、チラチラと粉雪の舞い始めた初冬。
人気のない獣道を、独りの男が歩いていた。
冷えた空気を身にまとい、時折白い息を吐き出しながら、疲労感の滲んだ表情のまま目的の場所へと向かう。
(降ってきちまったか……)
ボロとなった着物をたぐり、なるべく寒さをしのごうと歩く速度を上げる。
帰る故郷などない男は、普段は用心棒を生業としていた。
気ままなその日暮らし。
それを憂いたことはない。
自分で決めて、そうあるべきだと思い、貫いてきたことだ。
大枚をはたいて男を飼う輩は、きまってロクデナシが多い。
怨恨であったり、痴情のもつれであったり、理由はさまざまだが……今日の目的は違った。用心棒としてではなく、一端の遣いだ。
「屋敷なんぞ、本当にあるんだろうな」
目的は、とある屋敷に遺された遺物の回収だ。
脚を悪くした老翁から、頼まれたのだ。
「もし、嘘だったら……殺っちまうか」
そんな、嘘か本当か判らない呟きをもらしながら、男は界街での出来事をふと思い返していた。
「……ちょいと、失礼するよ」
それは、ふらりと思いつきで立ち寄った酒場で逢っただけだった。
「よォ旦那、入ってもいいかい。独りだけなんだが」
「おお、構わんよ。入れ入れ」
「独りじゃあ、大した銭も落とさんって落ち込まんだろうな?」
「いやいや。いつもこんなモンさね」
「そいつァまた随分と……景気が悪いようだねぇ
比較的人通りの多い場所に面した飲み屋でも、客行きは寂れているらしい。
二三、軽い挨拶を交わし飲み屋の適当な場所を陣取った。
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