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月夜のさざめき2
「ん……?」
その時、独りの老翁に目がいった。
少し離れた場所に、その老翁はいた。
「…………」
誰かと連むわけでもなく、煩く大酒をかっ喰らうでもない。
粛々と一本の熱燗と肴を頼み、愉しそうに自分の世界の中に籠もっていた。
「気になるかい?」
「まあ、他の客がいねぇぶん目立つなぁ」
「そりゃ、兄ちゃんも同じさね」
カカッと気の良い笑い声を上げながら、店主は慣れた手つきで先に注文した熱燗を用意していく。
「なんなら、声をかけてやっちゃくれねぇか。あの人、いつもああなんだが……別に人嫌いなワケじゃあなくてね。せっかくこんな日に逢ったんだ。何かの縁かも知れねぇだろ」
「……縁、ねぇ」
正直、その言葉はあまり好きではない。
けれど店主の言葉にかこつけて、男も人当たりの良い表情を浮かべてみせた。
「なら店主よ。俺とアンタが逢ったのも何かの縁だと思わねぇかい?」
「はは、そう言うか。よし、なら一本は俺の奢りにしてやろうか」
「話が早くて助かるねぇ」
気の良い店主に感謝しつつ、出来上がったばかりの熱燗をお猪口と一緒に渡された。
「どうだい、一献」
店主から貰った熱燗を片手に老翁のもとに行くと、それを掲げて見せる。
すると、その老翁は一瞬驚いたような表情を浮かべたが。すぐに人当たりの良さそうな笑みを浮かべて隣の椅子をポポンと軽く叩いてみせた。
「なら、言葉に甘えようかねぇ」
しわくちゃの唇からは、優しげな柔らかい声。
「邪魔したかい?」
「なんもさ」
やはり、特に人を拒絶しているようではないらしい。
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