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月夜のさざめき3
「兄ちゃん。どうやらイケる口のようだねぇ」
「まあ、嗜む程度さ」
「はは、そうかい。ほら、よ」
トクトクと小気味よい液体の音色が、お猪口に注がれていく。
日本酒特有の吟醸香が、鼻腔を擽る。
老翁とほぼ同時に、お猪口を傾け、酒に舌鼓を打った。
「ぷは……っ、美味いねぇ」
「そうだな」
「これも酒に合う。食うてみい」
「ん? なら遠慮なく」
進められた煮魚を箸で摘まみ、ムグムグと咀嚼しながらチラリと老翁の顔を横目に見た。
老翁は名を名乗らず、所在も言わない。
同時に、男に対しても詮索するような素振りは全くなく、名を訊くこともない。
それが、酷くありがたく――そしてどことなく、自分と似た空気をまとっているように思えた。
だからだろう。
一言でいうなら、気に入ったのだ。その男のことが。
「アンタは、よくこの店に来るのかい? 生憎とこっちは初めてでね。もし何かお勧めがあったら教えて欲しいモンだよ」
「そうさなァ……。熱燗にゃ、刺身だろうよ。この時期なら、ブリが美味いんじゃあないかね。大将よォ、この兄ちゃんに一品出してやってくれや」
「はいよ。良かったなぁ、兄ちゃん」
他愛のない世間話に花が咲く。
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