月夜のさざめき3

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

月夜のさざめき3

「兄ちゃん。どうやらイケる口のようだねぇ」 「まあ、(たしな)む程度さ」 「はは、そうかい。ほら、よ」  トクトクと小気味よい液体の音色が、お猪口に注がれていく。  日本酒特有の吟醸香が、鼻腔を擽る。  老翁とほぼ同時に、お猪口を傾け、酒に舌鼓(したつづみ)を打った。 「ぷは……っ、美味いねぇ」 「そうだな」 「これも酒に合う。食うてみい」 「ん? なら遠慮なく」  進められた煮魚を箸で摘まみ、ムグムグと咀嚼しながらチラリと老翁の顔を横目に見た。  老翁は名を名乗らず、所在も言わない。  同時に、男に対しても詮索するような素振りは全くなく、名を訊くこともない。  それが、酷くありがたく――そしてどことなく、自分と似た空気をまとっているように思えた。  だからだろう。  一言でいうなら、気に入ったのだ。その男のことが。 「アンタは、よくこの店に来るのかい? 生憎とこっちは初めてでね。もし何かお勧めがあったら教えて欲しいモンだよ」 「そうさなァ……。熱燗にゃ、刺身だろうよ。この時期なら、ブリが美味いんじゃあないかね。大将よォ、この兄ちゃんに一品出してやってくれや」 「はいよ。良かったなぁ、兄ちゃん」  他愛のない世間話に花が咲く。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!