エドワード・ホッパー(ナイト・ホークス)

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ダイニングに入ると、恵美がキッチンで何か、弁当のおかずをこしらえていた。フライパンで油か熱せられる匂いが漂う。 肩まである髪を一つにまとめ、後ろ向きのまま言う。 「おはよう、ご飯できてるわよ」 いつもよく手入れされた髪だなと感心する。艶があり、一筋の乱れもなく背中にピタリと収まっている。白のシャツにピンク色のエプロンをしている。腰のあたりでピンクの紐が几帳面にちょうちょ結びにされて、余った紐が左右同じ長さになっていた。 四人がけのダイニングテーブルの壁側に腰掛ける。壁紙は白で、無地だ。テーブルクロスは白地に赤のチェック柄で、耐水性耐熱性があるものを買った。俺は緑色にしようと恵美に提案したのだが、赤の方が料理が華やぐと言われ、料理をしない俺は、その言葉の前に提案を退けた。 恵美はいつも俺が起きる前に起きて、炊事、洗濯、掃除のいずれかをしており、いつも忙しそうだ。 コーヒーメーカーに水を入れ、コーヒー豆の挽いたものを、キッチリ測って入れる。「らしくない」と恵美は笑うが適当に測ってまずいものが出来たら、朝から気分が悪い。手間を惜しむ理由がないだろう。 コーヒーが出来たら、俺専用の赤いハートのマークの付いたマグカップに注ぐ。俺たちが結婚する前に恵美がふざけ半分で、バレンタインのプレゼントでホットチョコレートを飲むセットをくれた。ついていたチョコレートはもう飲んでしまってないし、小さなマドラーもどこかにはしまってあるのだろう。このマグカップだけは、俺の朝のコーヒーのお供として使い続けている。俺が使うには可愛らしすぎるきらいがあるが、サイズ感、口当たり、持ちやすさが気に入って使っている。 恵美のものもペアであるのだが、彼女はクマのキャラクターのマグカップがお気に入りで、もし今の俺のカップが壊れてしまっても、恵美のカップをこころよく使わしてくれるだろう。 コーヒーを一人前注ぐ。たちまち焙煎された豆の香りが鼻腔に広がる。表面が蛍光灯を反射して黒く光って自己主張する。 砂糖とミルクは入れない。入れるやつはバカだと思っている。そんな奴にコーヒーを飲んで欲しくない。麦茶で十分だ。 「ちょっと洗濯物」 そう言って恵美は急ぎ足でベランダに出る。昨日の下着やタオルなんか干しているのだろうか。 俺はいれたてのコーヒーをすする。香り、酸味、苦味のバランスがちょうどいい。トーストにバターを塗ったものをかじる。黄金色のトーストとイーストの甘みがバターの塩と相まって脳を溶解させていく。 途中からメイプルシロップをかける。トースト、バター、メープルシロップが合わさって複雑な甘さ、香りが口に広がる。 腸内細菌のが大事だというテレビを見てから、毎朝ヨーグルトを食べるようになった。普通のヨーグルトにキウイソースをかけて食べる。キウイじゃなくマンゴーの時もある。この組み合わせは現在も実験、検討中でもっと他にいいソースがあるかもしれない。 ヨーグルトの酸味と合う甘みと色が欲しい。黄色も緑もヨーグルトの白さに負けてしまう。一度黒蜜を試してみよう。 仕事用の革の鞄に、弁当を入れる。まだ少しあたたかい。恵美の作る弁当はなぜか冷めても、そんなにまずいくならない。何かコツがあるのだろうか。聞いても何もないと彼女は言うだろう。 「行ってきます」とベランダの彼女に声をかける。 「行ってらっしゃい。気をつけて。弁当持った?」ベランダで洗濯物と格闘しながら、恵美は毎日同じセリフを繰り返す。 結婚して六年になるが、朝、恵美の顔を見たことがない。気がつけば後姿ばかりだった。 一度、朝顔を見せてと、頼んだことがある。 「恥ずかしいから、イヤ」 艶やかな髪を左右に振り、甘えた声で恵美は言った。
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