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「左様か。では、ヒョングム」
「何でしょうか」
「私にそなたを身請けさせては貰えぬか」
一拍の間ののち、「ご冗談を」と彼女――ヒョングムは加耶琴に視線を戻した。見えぬはずの、視線を。
「私は真剣だ。妻とするのはその……無理やも知れぬが、そなたを伴侶とするならば正室は娶らぬ」
「この胎の子の父親は、ほかの男だというのに?」
「我が子として迎える」
「お戯れはそれまでに願います」
おっとりとして聞こえるのに、毅然とした口調だった。
苛つくでもなく、激高するでもない静かな、だが、きっぱりとした声音が続ける。
「たった今出会ったばかりのわたくしの、何が分かっているというのです。一時の同情や気の迷いでモノを言うのは両班の旦那様方の特権でございますが、妓生には妓生の矜持がございます」
「戯れや気の迷いではない。私は本当に」
「それまでにと申しました」
これ以上言い募るのを許さない色の声に、チョルホは思わず口を閉じた。
ヒョングムも、もう口を開かず、目を落とした琴に向かい合う。やがて彼女が何も言わずに弦を爪弾き始めるのへ、チョルホは無言で立ち去るしかなかった。
最初にチョルホをここへ導いた音色が、再び群青色の闇に沈んだ庭を満たし始める。
そうせずにはいられず振り返った視線の先に、玄琴が加耶琴をかき鳴らす仕草が、月明かりに蒼く美しく浮き上がっていた。
【了】脱稿:2019.09.28.
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