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四阿に、静寂がどのくらい支配していただろう。その静けさを破るように、彼女は再度小さく吹き出した。
「……あのー……」
戸惑ったような声を出すと、妓生は「ああ……申し訳ございません」と口元に手を当てた。謝った割には、笑いの残滓を引きずっている。
「ご無礼をいたしました」
何とか笑いを納めた彼女は、顔をこちらへ向けて続けた。
「まあ、運次第でございましょう」
「運……と言うと?」
「わたくしは見ての通り、目が不自由ですから。お客様のおもてなしには滅多に出していただけませぬ」
「嘘だ」
「何故、嘘だと?」
「そなたほどの弾き手を、客をもてなす席に出さぬなど道理が合わぬ。たとえ目が見えずとも、座って琴を弾くというだけのことができぬわけもなかろう。私がこの教房の行首なら、そんな宝の持ち腐れな采配は決してせぬが」
「まあ……ふふっ。過分なお褒めの言葉、傷み入ります」
何度目かで愛らしく笑った彼女は、目を伏せた。
「では……パク様にだけは本当のことを申し上げますわ。何卒、他言無用にお願いいたします」
「何をだ」
「実は……身ごもっておりますの」
彼女は、加耶琴に置いていた手で、愛おしげに自身の腹部へ触れる。
言われるまで、彼女が身ごもっていることなど分からなかった。チマ〔くるぶしまで丈のあるスカート〕はその意匠と着用の仕方の特性上、腹部が目立ち難い。まして、妓生の重ね着するそれでは尚のことだ。
途端、チョルホは何とも言えない感情が胸の内に突き上げてくるのを感じた。それが、彼女の胎の子の父親に対する嫉妬なのか何なのか、よく分からない。ただ、理由は分からないが、落胆に近いモノがあるのは間違いなかった。
「父親の名は、ご容赦くださいませ。一夜の同衾で、授かるともなしにこの胎に宿った子です。これも妓生の運命でございます。相手に責任を取らせようなどとは考えておりませぬので」
「いや、しかし……一言報せもせぬのか?」
「はい」
「なぜ? 仮にも我が子ぞ。喜ぶかも知れぬではないか」
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