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『甘く見ていた』
これは、完全に誤算だった。
『たかがカレー』と侮っていた。
ここで仮に『単純に市販されているオウチマークのカレールゥで野菜を煮ました』なんて真似をしようもんなら、「あ……ああ、そう。『料理が出来る』って……そんな感じなのね……」と呆れられる可能性が高いではないか! 何しろ相手はカレーに関する百戦錬磨だ。
マズいな……
ここは、作戦を立てないと。
まず『王道の直球勝負』か『変わり種の変化球』で躱すか、だが。
彼女がネットに上げている画像を見る限り、変化球の店は意外と少ない。むしろ直球の方が多い感じだ。
だとするなら、ここは僕も直球で勝負するべきだろう。
それも、彼女のハートにドスンと響くような豪速球を目指さねば! 僕は慌てて、ネットでカレーのレシピを検索し始めた。
……うーん、と何々。『ルゥは自作するより、高級な市販品を使った方が使われている素材の種類が違うから間違いない』か……なるほど。ガムラマサラやら専用の香辛料を山ほど揃えるとなると大変だからどうしようと思っていたが、そこはクリアだな。
次に、煮込む具材をどうするか。
王道はやはり、ジャガイモ・人参・玉ねぎ・牛肉あたりか。
それについて、彼女の好みを見てみると……『有機栽培』の文字が目立つな……彼女は有機栽培に興味があると見た。
であるとしたら、当然野菜も『有機栽培』を選択すべきだろう。
……何処のスーパーに行けばあるんだ?そんなの。
無論、ネットで調べれば売ってはいるだろうが……現物を見ないで買うのは危険だしな。
色々ネットで調べていると、隣の市にある農協が直売している事が分かった。
よし、ここからなら車で1時間も掛かるまい。楽勝だぜ!
ところが。
次の日の昼過ぎ、その農協に行って僕は驚いた。
「何これ……商品棚に商品がない……?」
野菜売り場に野菜が無いのだ。僅かに、オクラなどがポツンと残っている程度だ。
「あの……すいません」
店員さんを呼び止める。
「ジャガイモを買おうと思って来たんですが」
「ジャガイモ?」
如何にも『農家』という風情のオジさん店員が、顔をしかめる。
「……兄さん、アンタ何が欲しいんだい?男爵?メークイン?それともキタアカリかい?」
「へ? いやその……カレーを作るのに使いたいんですが……」
思わずたじろぐ。
「なら、メークインかねぇ。うちの農協でメークインとなると山口さんの畑だけど……山口さんのメークインは人気だからねぇ。午前8時に開店して、8時5分には完売するよ?」
店員さんが、『アンタ、来るのが遅いよ』と言わんばかりに溜息をつく。
5分で完売するジャガイモ……そんなの、初めて聞いた。あんなの、スーパーに行けば年中あるのに!
これは……思っていたよりハードな戦いになると。
僕は身震いがした。
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