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当日の朝、僕は早朝から支度に掛かった。
まず、予め皮を剥いてざく切りにして冷凍してあった玉ねぎを取り出し、微塵切りにする。玉ねぎの食感が残らないようにするためと、調理時間の短縮、そして甘みを最大限に引き出すためだ。
玉ねぎはカレーにトロみと甘みを与えてくれるが、その成分は細胞膜の中にあって簡単には出てこない。
この細胞膜は意外と強固で、煮た程度では壊れない。すると、口に入った時に歯で物理的に細胞膜が壊れ、中から苦い汁が出てしまうのだ。
これを解決するにはトロトロになるまで火に掛けて事前に細胞膜を破るしかないのだが、生玉ねぎをそこまでするのは時間も掛かる。
そこで、冷凍するのだ。
冷凍すると細胞膜中の水分が凍結する。水は凍結すると体積が増えるから、その圧力で細胞膜が中から破裂するのである。
これによって、玉ねぎを加熱する時間は大幅に短縮出来るし、焦がし過ぎるリスクも少なくなる。
鍋にオリーブオイルを入れて予熱をする。
そう、あの『エクストラヴァージンオイル』だ。
鍋底が熱せられたところで玉ねぎを投入する。パチパチと水分の飛ぶ音が弾ける。
中火で玉ねぎを炒めること約10分。
白い玉ねぎが半透明になり、やがて飴色へと変化していく。
木べらを使って丁寧にかき混ぜ、焦げ付かないように注意する。
やがて、玉ねぎがお餅のように粘り気をもってくる。
「よし……そろそろだな」
頃合いを見計らって用意した牛肉を投入する。そう、例の『神戸牛』だ。すかさず塩胡椒を振って味を整える。
それから人参とジャガイモを投入する。
いつもより小さめにカットしたジャガイモは、全て切断面に面取りがしてある。カレーは粒子が繊維の隙間に染み込むので煮崩れしにくいが、見た目が綺麗だからだ。
軽くかき混ぜたら、『名水』の水を投入する。
ヒタヒタぐらいまで水を張る。あまり入れると、後で水分を飛ばすのが大変だからだ。
暫く煮込むと、表面に『アク』が浮いてくる。根菜と牛肉だから、どうしてもアクが出やすいのは仕方あるまい。
和風煮込みならともかくとして、普段のカレーならアクなんてあまり気にしないが、今日だけは特別だ。
ジャガイモや人参の味を引き立たせるために、丹念にアクを掬う。
粗方のアクを掬ったら、いよいよカレールゥの投入だ。
2種類のルゥを投入し、色と香りの具合をチェックする。
ツンとくる独特の香りと色の付き具合で、だいたいの濃度がわかる。
後は煮込みが完成すればよい。何、人参とジャガイモだからそこまで煮込まなくても充分なはず。それも、リリカの口に合せていつもより小さめにカットしてあるから火の通りも早いだろう。
「よし……ここまでくれば」
ふうと息をつき、額の汗を拭った。
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