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16
動物園に隣接する遊園地は、ゆるやかなスピードで走るジェットコースターやメリーゴーランドなど、小さな子ども向けの乗り物が多い。だが、観覧車だけはやけに立派で一際目立っていた。その為だろうか、長くはないが待機列が出来ていた。無論、カップルだらけだ。
「2人ずつで乗ろう。4人だと重くて落ちてしまうかもしれないからな」
「もー碧くん、怖いこと言わないでよ」
落ちる事はないと信じたいが、4人で乗ると窮屈なのは確かだ。何せ、でかいのが2人居る。「俺はしあさんと乗る」
清は「なにビビってんだ、意気地なし!」と心の中で叫ぶ。ここは、何としてでも蒼介と乗るべきではないのか。夕日の中の観覧車だぞ。
「な、なに言ってるんですか、俺が史安先輩と乗ります!」
碧は「せっかくのチャンスに何言ってんだ、弱虫さん!」と心の中で叫ぶ。周りはカップルばかり、便乗すればいいじゃないか。
それぞれの思惑がぶつかり合い、すれ違う。側から見ると、蒼介のなすり付け合いに見えなくもない。
「もー!煩わしい!ボクと清ちゅん、碧くんと蒼くんで決まり!」
不服そうな碧は、しびれを切らした史安の「体格差があると傾くかもしれないでしょ?」というそれっぽい理由に、丸め込まれた。
動く物体にタイミングを合わせて乗り移る機会は、そんなに無い。足の長い連中は、普段歩くのと変わらぬ動作で乗り込む。それ以外の連中は、ひゃあひゃあ言ってスリルを味わいながら乗った。
「清ちゅんはさ、好きな人居る?」
観覧車が3分の1進んだところで、史安が唐突にそんな話をしてきた。
「な、何ですか、急に!?」
予想を上回る清の反応に、史安は大満足だ。
「いや、僕たち知り合ってからまだ1ヶ月くらいでしょ?距離を縮めるには恋バナかお風呂で裸の付き合いって、相場が決まってるじゃん」
距離は大分詰めてきていると思う。初日のかなり早い段階からあだ名を勝手につけて呼び始めるくらいには。
「い、居ませんよ。新生活が忙しくて、それどころじゃなかったですし」
本当に、あっという間にゴールデンウィークに突入した。ただ、すごく濃密な1ヶ月を過ごした気がする。
「そっかあ‥もし現れたら、相談のるからねっ」
清は苦笑いしながら、とりあえずお礼を言っておいた。
史安に恋の相談をする事になるのは、もう少し先の話である。
「好きな人がいるだろう?」
時を同じくして、こちらのゴンドラ内でもふわふわした話題が浮上した。
「な、なんだ、急に!?」
「最近いつも以上に元気だから、何かいい事があったのかと思って」
さすが、小学校からの付き合い。さらにはその観察眼。完全に見抜かれている、と、碧は感心した。
「まあ、俺もお年頃だし?好きな人の一人や二人」
「二人いるのか?」
「一人だよ!」
結構な勢いで否定され「振ってきたのはそっちなのに、随分理不尽だ」と蒼介は思う。
「それで、うまくいきそうなのか?」
碧が蒼介を疑り深い目で見る。蒼介は気付かぬふりで、返答を促す。
「……好きな子に好きな人がいて、とても手強い。ただ俺は、その子に幸せになってほしいだけな気もする。母性本能、的な?」
蒼介が碧の頭を軽くはたいた。
「それで?身を引くのか」
碧が、はたかれた頭を不思議そうに撫でる。「いや、それは……」「でもな……」なんとも煮え切らない態度だ。
「そんな覚悟なら、とられてしまえ」
「なっ……あんまりだ!正直に答えたのにぃ!」
「あのな。選ぶのはその子だ。お前がどうこうしなくたって、自分で判断できる」
「人の気も知らないで」と思うと同時に「言いやがりましたね、遠慮しないから」と闘争心がかきたてられた。
碧はバチバチと、蒼介の目を睨もうと思ったが、その後ろのゴンドラから史安がのんきに手を振る姿が見えて、戦意喪失をした。
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