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 長い長い夏休みを目前に、浮つく気分をどうにか抑え、清達は部室に集まっていた。前期試験を乗り越えるべく、知恵を結集するためである。実際は「知恵」というより、過去問やレジュメ、ノートなど「情報」を集めるのだが。  7月初頭、夏の存在が見え隠れし始めたここ最近だか、この、多種多様なサークルの部室が集まる建物には、一ヶ所たりともエアコンなどという文明の利器はない。 「こんなに暑いのになぜ……」  全開にした窓から風が通り、耐えられない暑さではないにしろ、最近まで実家暮らしで空調の整った環境にどっぷり浸かっていた身には堪える。  ところが、清が気になっているのは大学の設備の事ではなく、ここに居る4人の頭に例外なく乗っている、ピンク色のけも耳だ。豚の耳、だそうだ。  けも耳をつける事に何の抵抗も感じなくなったのは、純真だった自分をあの日に置いてきたからだと清は語る。  あの日、佐倉清は人生最大のピンチに見舞われていた。 「いいかげん、腹をくくりなよ、清ちゅん」  史安が、人を小馬鹿にしたような表情で迫ってくる。 「清。無理はしなくていい。ただ、いつかは通る道だから」  蒼介が、随分上の方から耳にすっと馴染む優しい声で諭してくる。  じりじりと迫られ、背後にはもう壁しかない。追い詰められた清がカニ歩きでサイドにずれると、この部屋の唯一の出入り口である鉄扉のノブに手が触れた。 「……っ!!」  ガチャガチャとノブを鳴らし、必死の思いで開扉を試みるも、何者か(おそらくヤツ)が、外からがっちり掴んで離さない。 「さあ、無駄な抵抗はおよしなさい」  勝利に愉悦した史安の腕が伸びてきて、清は頭をぐっと押さえられる。そしてついに、おぞましいソレが宛がわれた。 「やっ……やめてくださああああああい!!」  黒猫の耳カチューシャは、近くで見れば見るほど、その作りは精巧で、まるで本物の猫の耳を人間サイズに拡大したかのようだ。それは、ちょうど黒髪の清の頭に恐ろしくフィットして、最初から生えているみたいだった。 「やーん、かわいい~」  史安が、スマホ片手に清の周りをぐるぐる回り、シャッター音を響かせ続ける。 「清、似合ってる。黒猫は、空気を読むのが得意らしいが、清にはもう備わっているから意味がないな」  清は、何か言いたそうな、悲しそうな目で蒼介を見つめてから、カチューシャを外す。 「あの……これを付けることに何の意味が?」  意味なんてないのかもしれないが、聞かずにはいられない。外で清の質問を聞いた碧が、張り切って入ってきた。 「説明しよう!動物の気持ちを理解するために自らを動物に近づける、それが、俺たちのやり方なんだ!」 「は?」  敏腕部長が名言を言うみたいに言った碧だったが、清が放ったひらがな1文字で委縮する。すっかり小さくなってしまった碧の代わりに、蒼介が答えた。 「うちは非公認サークルで、入部届みたいなものが無いからその代り。入部意思、伝わった」   こうして清は、けも耳デビューを果たすのと同時に、晴れて正式に『あにまる研究会』の  一員となったのであった。
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