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 何でも「新」がつくと、とても疲れる。新住居、新入学、新機能、新システム。  新入生ガイダンスを終え、大学構内にある自動販売機のカフェオレで一息ついた清は、ついでに大きなため息も一つ、ついてみた。 「はぁー……」  周りを見ると、清と同じく、長時間拘束された上に、いろいろ情報を詰め込まれて虚脱感に苛まれた新入生が、ひと時の憩を求め何人か集まっている。 丁度、建物の陰に隠れていて雑踏から程よく隔離されたこの場所を清は、『憩の間』と名付けることにした。  まだ操作の慣れないスマホをぎこちなくつつく。「お気軽に」と言われて余計に身構えてしまい、今まで敬遠していたが「これならばあるいは」と言う理由が先ほど見つかった。清は、ある問題を抱えており、億劫だが、一刻も早く解決しなくてはならない。  あの手紙に同封されていたメモの番号を慎重に指で入力する。 声を聞くのは何年振りだろう。そう意識した途端、心臓が跳ねだしたが、整える間もなくコールが途切れた。 「はい」  清が予測していたよりはるかに低い声に、頭の中が真っ白になる。 「……もしもし?」  一言も発しない相手に、不信感抱きまくりの様子が伝わってくる「もしもし」を適当に聞きながら、清は考える。この番号は、青田碧のものであるはずだ。しかし、今聞こえてくる声は、記憶の中にある彼のものではない。電波を通すと多少は違って聞こえるのかもしれないという可能性も考えたが、何と言うか「声質」そのものが違うのでやはりこの声は青田碧のものではないと断言できる。だが、頭の片隅に「聞いたことのある声だ」と言う認識もある。30秒にも満たない短くてとても長い時間、考え抜いた清が導き出した答えは、こうだ。 「ど、どちら様ですか!?」 「……清?」  相手の声が少し変わり、今度は清も確かな答えに辿りつけた。 「えっ、蒼介先輩!?」  電話の相手は青田碧、の、同級生であり清の先輩である上山蒼介だ。 蒼介は、中学時代、流行りのマンガに影響されて入部した野球部で、素人の清を優しく指導してくれた。以降、高校でも清を気にかけてくれた、優しくて頼りになる、憧れの先輩だ。 「やっぱり清だ。久しぶり。元気だった?」  昔から変わらない、低くて柔らかい声と穏やかな口調に、「2年ぶりの蒼介先輩だ」と感極まる。 「はい、元気です!蒼介先輩は?」 「元気。ちょっと、びっくりした」  その通りだ。知らない番号からの電話に出たら、暫く無言が続き、挙句の果てに「どちら様ですか?」と聞かれれば、驚きもするだろう。 「ああ、すいません!碧先輩からの手紙にこの番号が書かれていて、てっきり碧先輩のだと思ってたら違う声で……」 「ごめん。知らない番号だったから、威圧的な声にしたんだ。セールスとかだったら面倒と思って」  なるほど、だから気付かなかったのかと腑に落ちた所で、ああ、謝らせてしまったと、清は慌てて詫びる。 「いいえ、こちらこそ急にすいません!」  そして怒りの矛先を事の発端者に向けた。 「だいたいあの人は自分の手紙になぜ蒼介先輩の電話番号を……昔からたまによく分からない事をしますよね」 蒼介は、いくつかのよく似た事案を思い出して愚痴をこぼす清を電話越しになだめた。 「まあまあ、なんたって、あの碧様だから」  碧の破天荒は今に始まった事ではない、と続けなくても通じ合う相手の存在に、清は安心する。直面する不安を忘れ去ってしまう程に。 「それで、清。碧に用があったのか?」 「ああっ!そうでした!蒼介先輩、助けてください!」  今、清にとって1番の憂鬱は、リュックに詰め込んだ勧誘チラシの重さでも、自炊するには壊滅的なレパートリーの少なさでも、馴染みの先輩が変わりなく振り回される日々が約束されている事でもなく、数日後に迫った履修登録であった。
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