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20
「史安先輩は、蒼介先輩と付き合ってるんですか?」
その一言がどうしても言えない。
辛くて苦しい前期試験が終わった。レポート課題も無事やっつけ、自由とカオスの渦巻く、大学生の長い長い夏休みが始まったというのに、清の意識は縛られたままでいた。
2日前、碧の店で見てしまった場面。蒼介と史安が身体を寄せ合い、キスをしていた。額に触れるだけの挨拶みたいなものだったが、2人の距離感や空気感は、まるで恋人同士のそれだった。
「清ちゅん」
「……」
その時真っ先に思い浮かんだのが、碧の顔だ。碧は蒼介の事がずっと好きで、それはもうおそらく中学の頃からの話になるだろう。想いを告げて、もしダメだったら友達でいられなくなるかも、とか、そもそも男同士だし、とか、そういうのをグルグル考えて今まで何の進展もないまま、その想いを秘めてきたんだと思う。
もし、蒼介が史安と付き合っていたら。それを碧が知ったら。むしろ、男同士だからという壁は無くなるだろうか。相手が史安だから、いや史安じゃなくても、自分の気持ちを諦めてしまうんだろうか。そんな事を考えていたら、思考がどんどん絡まって、もう一歩も動けない。
「おーい、清ちゅーん」
「え?あ、はい!」
清は今、自分が部室に居てあにまる研究会絶賛活動中だった事を忘れていた。カフェオープンの軍資金を集めるため、フリマアプリで売る猫耳を史安と一緒に大量生産している途中だった。といっても、裁縫の技術が必要な猫耳はほとんど史安が一人で作成し、清が出来る事といえば袋詰め作業だけだ。その手さえも止めて、例の件について考え込んでいた。
「すみません、ぼーっとしてました」
「大丈夫?試験疲れ?」
試験疲れというなら、史安の方が上のはずだ。1週間、徹夜か睡眠時間が2時間以下という日が続いたらしい。自業自得、と言ってしまえばそれまでだが、何をどうすれば自分をそこまで追い詰める結果になるのか、謎である。
「いえ。あ、でも初めての試験で少し緊張しました」
「なんか余裕に見えたもんなー。あ、わかったこれだね。冷風扇~。エアコンより自然な風で、心地いいもんね。眠くなったんでしょ?」
史安が、部室に堂々と設置された冷風扇を指さす。水をタンクに入れると気化熱で涼しい風を吹き出すそれは、昨日、知り合いから譲ってもらったそうだ。夏休み中も部室でまる研の活動があると聞いた時は、熱中症対策が必要だなと、100均で氷のうを買った。しかし、無駄な買い物になってしまった。大学非公認の研究会の部室が、こんなに快適でいいのだろうか。
「それか、悩み事かなぁ?」
史安が意味深な笑みを浮かべる。清には見えていないようだ。
「まあ、俺っていうか友達の悩みですが。もしかしたら悩むかも、みたいな感じですけど」
「なるほど、その子が転ぶ前に手を差し伸べたいわけだ」
手を差し伸べる、といっても、何をどうすればいいのか。清は何の考えも浮かばなかった。それなのに自分は、何でここまで気にかけているのだろう。
無意識に「うーん」と唸りながら、眉間にどんどん皺を寄せる後輩を見て、史安はほっこりした。
「清ちゅんは、そのお友達の事をとても大切に思ってるんだね」
最初は「え?何を言っているんです?」という表情だった清も、史安の言葉をよく噛みしめるうちに、否定する事ではないと、認めざるを得なかった。
「そう……ですね、はい」
「そーだねぇ。まずはそのお友達と、お話をたくさんすることが大事だと思うよ。 こう思ってるんじゃないかな?って想像をするのはそのあと」
「えっと……悩み相談を聞くってことですか?」
「ううん、そうじゃなくて、何気ない会話とかだよ。ボクはけっこう言葉にするタイプで、あと行動でも表すよ」
確かにそれはうなずける。思ったことは全部口にしているんじゃないか、というくらい、史安はよく話す。周りは、それがうるさいとは全く思わず、むしろ「ああ、今、史安はこういう気持ちでこういう状態なんだな」と理解できる。裏表がないから、安心して一緒に居られる感じだ。
「言わなくても伝わる、は勘違いで、言わなくても分かってくれる、はエゴだよ。本当にそれができたら、ステキだとは思うけどね」
「言わなくても伝わる、言わなくても分かってくれる」照れとか、今更とか、そういうので何回も同じことを繰り返してきた気がする。今からはちゃんと、自分の言葉で伝えられるよう努力しよう、と清は思った。
「そうですね。でも俺、史安先輩がお腹空いてる時は分りますよ。言わなくても」
「え!なんで?グーって鳴ってる?」
「史安先輩は、お腹が空くとあんまり喋らなくなる」
史安が、両頬を手で押さえて笑い出す。
「ホントに!?全然意識してなかったー。なんか恥ずかしいんだけど!」
「みんなには内緒にしてね?」と言われた清は「みんな知ってますよ?」と、返した。史安がまた笑いだした。つられて、清も笑う。
「でもさ、清ちゅんは知らないままだねぇ」
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