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 清は、文科系のサークルが集まる、大学構内の部室棟を訪れていた。  3階建てで、外見はかなり年季の入った建物だが、内部はリフォームされていて古さをそれほど感じない。ワンフロアに部屋が7つあり、音楽系や芸術系、オカルト系に至るまで、バラエティに富んだサークルがここに拠点を置いている。そしてそのほとんどが、大学非公認の集まりだそうだ。  ひとつひとつ、ドアをノックして活動内容を確かめてみるのも楽しそうだと思ったが、清の目的は別にあった。防音ドアを以てしても漏れてくる軽音楽部の爆音に、耳を少し痛めながら先を急ぐ。  部室棟3階の、階段から一番遠い所にある部屋の前で立ち止まる。鉄の扉は錆びついていて、まるでB級ホラー映画のセットみたいだった。扉には、コピー用紙に殴り書きされた、サークル名が貼られている。 『あにまる研究会』  清は不安に襲われる。本当に、こんな所に上山蒼介が居るのだろうか、と。  新入生にとって最大の難所、履修登録。これを越えられなければ望む進路には進めないと言っても過言ではないだろう。  そんな履修登録を一人で行う事を早々に諦めた清は、蒼介の元へ向かった。何でも今、サークルの活動中で部室から離れられないとの事なので、電話で聞いた場所へと赴いた。はずなのだが、どうやっても『あにまる研究会』と蒼介が結びつかない。  目的地の道順を覚えるのに必死で、肝心なサークル名を聞き忘れたのが致命的だった。3階の突き当たりの部屋。間違いなくここだが、『あにまる研究会』が行く手を阻む。 「そ、蒼介先輩……」  蚊の鳴くような声で呼びかけてみるも、当然届くはずない。「電話をかける」という初歩的な対応策も、スマホを持って日の浅い清は持ち得なかった。  中学生のある時から、清は失敗を過剰に恐れるようになった。自分でも厄介な部分だと分かっているが、深く刻み込まれたものを修復するには、相当の労力が必要なのだ。  しばらくうろついた後、色々な物を天秤に何回かかけた結果、意を決してノックを試みた。息を止め、拳を振り上げたその瞬間、清は背後に気配を感じた。 「入部希望者ですか!?」  振り返ると、ピンク色のジャージを着た金髪のハーフ顔の男が、ビカビカした笑顔で立っていた。背丈は清より10センチほど下だが、外見のあまりの情報量の多さと、その圧にたじろぐ。 「いえ、はい、あの……えーと……」 「ボク、あにまる研究会の美術担当、2回生の前田史安!よろしく!」  ご紹介に上がった前田史安は、整った顔立ちで「ボーイッシュな女子」と言われたとしても何の疑問も抱かない。その容姿に似合った人懐っこさで、清は右手を両手で包みこまれ、ぶんぶんとシェイクされる。指が細くて小さい手に「女の子みたいだな」と思ったが、その握力は男のそれだった。清は、なすがままにもかかわらず「シアン」と言う変わった名前もこの容姿なら頷けるな、などと考える余裕がある自分に少し驚く。その余裕は、名乗られたからにはこちらも名乗るのが礼儀だ、と思い至る事にも成功した。 「えっと、1回生の佐倉清れす……」  清は少し噛んで頬を赤らめたが、そんな事は史安にとってどうでもいいらしい。 「セイくん!ようこそ!とりあえず、中へドーゾ!」 「いえ、はい、あ、あのー!」  手を引かれ、扉の中へ連れて行かれる。夜の繁華街へ行くとこんな感じで、かの有名なチョコがけスティック菓子が高額で売られている店に連れ込まれるのだろうかと、何年か先のサラリーマンをしているであろう自分を想像して憐れんだ。
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