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4
「清。久しぶり」
2年ぶりに拝んだ上山蒼介は、髪が伸びて柔和な雰囲気になっていた。けれど、目が合うと安心する柔らかい眼差しと、電話越しでも伝わってきた、落ち着いた感じの声と話し方は2年前と変わらず、清の目頭を熱くする。
「蒼介センパイ……」
蒼介が腕を広げ、迎え入れる準備をする。清は迷わずにその腕へ飛び込んだ。互いをしかと抱き留め、何も言わずに熱い抱擁を交わす。
「ちょっとちょっと、ストップ。何?知り合い?」
史安は間に入ってそれとなく二人を引き剥がした。
「中高、同じ学校だった。一緒に野球もしてたんだ。清、合格おめでとう」
蒼介が大きな手で清の頭を撫でる。「久しぶりのふわふわ」と、満足げな表情の蒼介を見て、史安も真似て清の頭を撫でた。
「ホントだ!清ちゅん、いい毛を持ってるね!ようこそ、我が大学へ!」
「ちゅ……毛?あ、ありがとうございます!」
初対面からこれだけフレンドリーな相手と対峙したことがなく、最初は戸惑った清だったが、史安の屈託のない笑顔に絆されていった。
「なんだあ!さわがしいぞ!」
現時点で一番騒がしい男が、鉄扉を軽々と開けて中に入ってくる。この男こそ、あの愉快な手紙の差出人で、常に笑顔を絶やさず、見るからにフットワークが軽そうで、「黙っていれば」さわやかなイケメンと誰もが称す、青田碧だ。
清は、2年前と何ら変わりのない2つ上の先輩と目が合ってすぐに、急いでそらす。緊張。安堵。なんだか色々な感情切り混じって、そうするしかなかった。
「せぇええええいぃぃぃぃいいい!!」
雄叫びを上げながら抱きしめに来る碧を軽くかわし、伏し目がちに、舌打ちをする勢いで面倒くさそうに「どうも」と呟いた。碧は「相変わらずクールだぞ」と指パッチンをかます。メンタルの強い男である。史安が何かに気付き、ポンと手を叩く。
「そっか、碧クンも同じか。清ちゅん、このテンションは大学デビューじゃないの?」
「はい、昔からです」
二人で、冷ややかな目を碧に向ける。当の本人は、その意図を理解していないようだ。ギラギラのテンションで清に詰め寄った。
「久しぶりだな、清!合格した事はご近所のおばさんに聞いていたが、こんなヘンピな所へ来れたという事は、あのメモを活用してくれたんだな!」
清は、親指を立ててウインクする碧を一瞥しつつ「ご近所のおばさんの情報収集力はすごい。敵に回すと、どこぞの国のスパイより恐ろしいだろうな」と思った。
「ねぇねぇ、清ちゅん。入るサークルはもう決めたの?」
はっ、と何かに気付いた表情の史安に尋ねられ、リュックの重みを思い出す。
「いえ、とくには……」
史安が小走りで近づいてきて、清の手を握る。その仕草はまるで小動物のようだ。
「じゃあさ、ボク達の研究会の、説明だけでも聞いてくれない?」
断れるはずもなく、清は、履修登録と言う漢字4文字を暫く忘れることにした。
『あにまる研究会』は、動物の生態を日々研究し生命の神秘に触れる、というのがその主旨らしい。言われてみれば部屋のあちこちに、犬や猫のポスターが貼られていたり、本棚には動物関連の書籍がたくさんある。主な活動内容は、日々の研究とその報告、課外活動として動物園や猫カフェに赴く事もあるそうだ。
「なんというか……大学には、色々なサークルがあるんですね」という感想を持ち、素直に伝える。
「そうだよ、清ちゅん!どこかのサークルに入んなきゃもったいないよ!講義とバイトだけの日々なんて、気が狂うよ!」
ここで「うちの」ではなく「どこかの」を使うあたり、史安のしたたかさが見て取れるのだが、それに気付くにはまだ付き合いが浅すぎた。
確かに史安の言い分にも一理あるし、清も漠然とだがサークルには入ろうという考えを持っていたので、活動内容に疑問は残るが、見知った先輩が二人も所属するここに決めるのも悪くないと感じていた。
――アレを見るまでは。
「史安先輩、あの金庫はなんですか?」
金庫と言っても、ビジネスホテルなどで見かける小型のものではなく、清の腰の高さほどあり、一企業の機密文書の保管に使われていそうな、立派なものだった。
その金庫のダイヤルがついた扉はこちらを向いているが、壁を背に部屋の角に追いやられていて、さらに本棚の陰に隠れていたため、今まで存在に気付かなかった。だが、気付いた途端、あまりの嵌まらなさに、どうにも気になって仕方がない。
「あ、そうそう!もう一つ、重要な活動があってね」
史安が両手をポンと叩いて、蒼介に目くばせする。察した蒼介が、史安に代わり説明役を継いだ。
金庫に近づきダイヤルを決められている番号に合わせると、カチリと小気味よい音がして、重い扉がゆっくりと開いていく。
「あの金庫には、動物の耳が入っている」
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