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7
いつも自信の塊みたいで、不可能なんてないと語るその表情が、曇る。僕は何もできない。ただその元凶に触れて、神に祈るしかなかった。人生にはどうしても、どうにもならない事があるんだと、突きつけられた気がした。
暖かな夕陽の差し込む車窓に、清は少し眠ってしまったようだ。隣の碧を見ると、スマートフォンを操作して、何か調べ物をしている。
作り物のの『けも耳』が、人の行動に作用する効果を持つと言い出した二人に、ぶっちゃけ恐怖を感じ、入部を断った清だったが、「見せたいものがある」と言う碧によって強引に電車に乗せられ、今に至る。
「碧先輩。僕はどこに連れて行かれるのでしょうか?」
スマホから視線を外し、清にはじける笑顔で答える。
「とっても!良い所さ!」
改札を出た後に碧は「少し待っててくれ」と言い残し、どこかへ消えてしまった。
残された清は近くにベンチを見つけて腰をおろし、周囲の観察を始める。いつも利用する、学生で賑わう駅とは違い、老若男女問わずたくさんの人が行き交う。同じ市内らしいが、この地に来てまだ数ヶ月しか経っていない清にとっては、未開の地に降り立った気分だ。
駅から出てきた人々をターゲットに、痩せ型で、背が高いと言うより長い男が何かのチラシを配っている。何が書かれているのかこの距離では全く分からないが、はがきサイズのそれはなかなか男の手から離れない。これがもしポケットティッシュなら、現状は変わっていただろう。
清は、なるべく自然に見えるように、チラシ配りの男の前をゆっくりと横切る。「お願いします」と、諦めた調子で申し訳なさそうに差し出された手から、チラシを受け取った。少し後ろから聞こえる、上擦った「ありがとうございます」に、こくんと頷いて答える。
無意識だが清はこうやって、罪滅ぼしをしてきた。ぐるぐる考えて何もしないより、勇気を出して何かした方がいい時だってある。
ところで、元いた場所にはもう戻れない。チラシ配りの男の目が、気になるからだ。歩みを止めるわけにはいかないので、どんどん歩く。駅のホームから随分離れてきた。急に心細くなり、首を振って碧を探す。中学の時、野球部に入部してから初めて行った遠征先で、碧と蒼介の背後にぴたりと張り付いて移動した事をふと思い出す。あの頃から何も変わっていないな、と、恥ずかしさが込み上げてきたので探すのをやめた。
「お待たせ!」
タイミングを合わせたかのように、碧が戻ってきた。両手いっぱいに、リーズナブルなハンバーガーを売るファーストフード店の袋を抱えている。同じ種類のハンバーガーが合計30個、入っているそうだ。
「すごい量ですね」
清はその半分を預かる。この大量のハンバーガーをいったい何に使おうというのか。そして、どこへ向かおうと言うのか。尋ねる間も無く、碧が動き出した。散歩に誘う、子犬のような表情で清を見る。
「清、こっち」
連れてこられたのは、駅から歩いて10分ほどの場所にある商店街だった。
全体的に薄暗いが、それは街灯が間接照明だからで、シャッター街ではないようだ。居酒屋や小料理屋が数件に、フィットネスクラブや小さなペットショップまである。向こう側が目視できるほど直線距離は短いが、何本か枝分かれしていて子ども向けの迷路を連想させる。
商店街を抜ける少し手前の、レンガ調の壁が特徴的な店舗の前で碧が立ち止まる。
「俺の夢がつまった場所だよ」
夢。清の知る碧の夢は、こんな所では叶わない。これは、自分の知らない新しい碧の夢だ。清の中に、少し寂しいような、少し安心したような、そんな気持ちがにじんだ。
「お帰りなさいっすー」
扉を開けるとそこは、化物の巣窟だった。
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