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「留守番助かったよ!これ、バイト代!」
碧がハンバーガーの入った袋をずいと差し出す。
「あざーっす!!」
地鳴りのような感謝の言葉の後に、猫や犬、パンダやウサギの耳をつけたガタイの良い男達が押し寄せてくる。もちろん、すべて史安の作品だ。というか、普通に着用しているじゃないか。その動物の性格が云々という設定はどこへ行ったのだろう。男の数は5。だが、それ以上に感じられる。ゴリゴリにふわふわ。何というか、圧が凄いからだ。
ここは、トレーニングジム的な場所だろうか。清が反応できずに固まっていると、ウサギの耳をつけた大きな男が、目の前に現れる。短髪に、綺麗に整えられたつり眉毛を持つ頭がぐんと近づいてくる。清は念のため、体を強張らせた。殴るのは殴られてからだ、と、マンガで読んだ事がある。くるなら来い、暴力には屈しないぞ。
ところが降ってきたのは拳ではなく、眩い笑顔だった。
「それも貰っていいんすか?」
「あ、えっと、はい」
それ、と、持っている袋を指され、清は急いで渡す。
「あざーっす」
うさ耳男は、よく見るとパッチリとした二重まぶたで、唇も薄く幼い顔立ちをしていた。その童顔を際立たせているのは、純白のウサ耳だ。不覚にもかわいいと思ってしまい、急いで目を伏せる。碧は、少し照れた様子の清を横目で確認した。
けも耳を装着した男達が、一つのテーブルを囲んでハンバーガーを食べ始めた。次々と消えていくハンバーガーに、清々しささえ感じる。
改めて店内を見回すと、洒落たカフェみたいな内装だ。客席は、オーク材で出来た正方形のビストロテーブルと、臙脂色のカバーがアクセントのシンプルな造りのチェア2脚。それらが1セットで計4セット。
「カフェ、ですか?」
碧が「よくぞ、聞いてくれました!」と言わんばかりに、目を爛々と輝かせる。「清、こっちへ来てくれ」と、手招きをした。
カウンターの奥は簡易キッチンがあり、まだ箱や袋に入ったままの調理器具がいくつか置いてあった。さらに奥まった所に木製の階段があり、碧がすでに半分くらいまで登っている。ハンバーガーに群がるけも耳集団から離れたため、体感温度が3度は低くなった気がした。清も続くが、思ったより急な勾配な上、手すりがなかったので足元に視線を落として注意深く登る。
「まだ改装中なんだけど、手すりは必須だよね」
最後の段を登る時、碧が手を差し出す。清は一瞬躊躇って、差し出されたのが左手だと分かると、ありがたく借りる事にした。
「じゃじゃーん!」
なるほど改装中とあって、所々にダンボールやら何やらが散らばっているが、奥行きのある広い空間が広がっている。明るい色のフローリングに、真っ白な壁、小さなテントや滑り台が置かれていて、まるで子供部屋だ。
「子供部屋みたいで可愛いですね」
自分が目指したところがちゃんと清に伝わって、嬉しくなったのか、碧の目が輝きを増す。もう、ビカビカだ。
「この窓からね!下が見えるんだ!」
丸く切り取られた窓を覗くと、1階部分が見渡せた。けも耳を付けた男たちが楽しそうにハンバーガーを頬張っている。30個あったハンバーガーは、もうほとんどなくなっていた。「いやー、いつ見てもいい食べっぷりだ!」と、碧が感心する。
「あの、それで、ここは一体……あの方達は?」
少し心に余裕が出来たので、清はテンポが早すぎて忘れかけていた疑問をぶつける。
「あのけも耳マッスルな子達は、俺の後輩で現役野球青年たちだ」
今、野球部と言っただろうか。清の、もう一度聞き返したそうな様子を感知したのか、碧はすぐに次の言葉を続けた。
「青田碧は大学卒業後、ここにアニマルカフェをオープンするのだ!」
清は特に驚かなかった。清だけではなく、碧を古くから知る者なら皆、彼はどこかに所属して型通りに動くよりも(もちろん、それはそれで無難にこなすだろうが)、のびのびと自分でゼロから創り出す方が合っていると思うはずだ。
けれど、ある一点だけが引っかかる。
「……あにまるかふぇ?」
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