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 まるでその質問を予測していたかのように、というより実際予測していたのだろう、碧がどこから取り出したのかスケッチブックを手に、説明を始める。 「まず、この建物の所有者は、近所に住むおじいさんなんだ。名を寺井さんと言う」  清は、碧の目を見ながら楽な姿勢を取り、話のところどころで頷きも入れる。従順に話を聞いているようだが内心は、「物件の事情から説明するんかい!」とツッコミを入れたくてうずうずしていた。 「寺井さんはいわゆる『孫バカ』で、さらに拍車をかけて孫が男の子一人しかいなかったため、自分が聞ける範囲の孫のワガママは、すべて応えていたそうだ」  清の頭の中に、『孫バカの寺井さん』が登場する。寺井さんは、碧にどのように絡んでくるのだろうか。 「そして、お孫さんの成人祝いに、ここをプレゼントしたんだ」 「センパイ!そしての意味が分かりません」  抑えていた分反応速度が良い、清の的確なツッコミに、「はっはっは」と愉快そうに碧が笑う。数年前まで当たり前だったこのやり取りが、懐かしい。 「当時流行っていた『カフェ開業』にお孫さんが目をつけてな。寺井さんに店舗をねだったんだ」  流行っているからといってカフェを始めたがる、ましてや自分の祖父に用意させる孫の事も、用意してしまう寺井さんにも、清は理解に苦しむ。 「とんだ孫バカですね」 「そうだな。寺井さんの弱点と言っていいのかもしれない。そしてそのお孫さんは、店をオープンさせる前に『もうブームは去ったから要らない』と言ったそうだ」 「……とんだバカ孫ですね」 碧 が「立場上口には出せないが、俺もそう思う」と読み取れる、微妙な笑みを浮かべる。 「でもそのおかげで、俺は恩恵を受けた訳だ」  家屋は、人が住まないと老朽化が早まると言う。かと言って取り壊すのにも金がかかるし(孫のおねだりで店を建てるくらいだ、金には困ってないだろうが)何より新築同様の建物を壊すのは、職人や家を想うと心苦しいだろう。自分で使う予定がなければ、誰かに貸し出すという選択はベストだ。  とは言え、まだ学生の身分である若僧に貸し出すとは…… 「碧先輩、寺井さんとはどういう関係が?」 「それは……」と、バットを持つ真似をして、素振りをする。清が記憶していたまんまの、無駄のない綺麗なフォームだ。 「昔、同じバッティングセンターに通っていて、一緒に汗を流した」 「そんな理由で」  そんな理由で案外、人は繋がっていくものだ。「ただし、持ってる人は」と、清は付け加えたい。 「バイト先のファミレスで久しぶりに会って、世間話の延長で夢の話をしたら、商店街活性化のためにも、協力したいと言ってくれてな。これはもう、いつ始めるの?今でしょ!みたいな感じだ」  なるほど、碧がどのようにこの店舗を用意できたのかは大方分かった。ラッキーだったとしか言いようがないが、紛れもなく碧が引き寄せた幸運だ。  清は、もう少し的を絞って質問をしてみることにした。 「一般的なカフェではなくアニマルカフェにする理由はあるんですか?」  驚いた顔で碧が清を見つめる。残念ながらこの反応は予測済みだ。 「清は、猫カフェに行ったことはあるか?」  猫カフェならまだ馴染みがある。お金を払って猫と触れ合う店だ。一応、飲み物も提供されるのでカフェと名乗っているが、清が行った事のある店は缶コーヒーに毛が生えたようなお味だった。 「昔、一度だけ」  その時のコーヒーの味を思い出して、口の中が苦くなる。 「俺は一時ハマってしまって、週末になる度に猫カフェを巡っていた事があってな。うちでも猫を飼っているが」 「みーちゃんですよね?」  中学の時に、何度か見たことがある。真っ白なメス猫で、碧が「みーちゃん、みーちゃぁん!」と溺愛していた。懐いてはいなかったが。 「そう!みーちゃん!彼女も世界一可愛いんだが、猫カフェの猫は一味違って、何と言うかこう、プロなんだ」  清も、そこは確かに同意できる。つやつやな毛並みを何とか触ってみたいと思うのに、簡単には触らせない。けれど無視されている感じがなく、膝に乗られた時のあの高揚感は、焦らされることによって増大したものだと思われる。多分、あの猫たちは計算してやっているはずだ。まさにプロである。 「……それで?」 「それで、猫だけでなく、いろんな動物のプロ意識を見てみたいと思ったのがきっかけだ。ようするに、もふもふ最高!と言う訳だ」  とても満足そうに、碧が言い切った。 「……帰りますね」
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