3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
惣菜屋のおばちゃんが死んでから、十年。
私は毎日同じ電車に乗って、同じ駅で降りる。ホームから見える景色は少し変わっていた。
おばちゃんに出会ったのはもうだいぶ前のことになる。二十年以上か。私はまだ高校生で、荒れていて、学校にも行かず、家に帰らない日もあった。カラオケのオール、友達の家、あの頃はネットカフェなんてもの一般的ではなかったから、その辺の公園。
きっと、母に知られれば女の子がそんな所で、危ないでしょう、な場所。
そんな所で寝泊まりする。今思えば、確かに。母の心配ももちろんだ。
しかし、そんな所の一つ。梅ケ谷駅のほど近くにある、東公園。公園は何かと便利だった。トイレはあるし、水飲み場もあるし、鏡もあるし、ベンチもある。そんな全てを取り揃えている東公園でおばちゃんに出会った。おばちゃんは近くの商店街で惣菜屋をしていた。
「景気悪くてね。たくさん残っちゃうんだわ」
タッパーに醤油ベースのお惣菜が詰め込まれていた。
こんにゃくの炊きもの。きんぴらごぼう、肉のしぐれ煮。人参と大根の煮物。ひじき煮。
「食べてくれるとありがたいんだけど、どう?」
私と同じ金髪に染めた髪が、本当に『プリン』のようになっていた。その髪を一つにまとめて、つややかな頬にほうれい線をくっきりと表しながら、にこやかに。おばちゃんは私に微笑みかけた。
お腹は減っていた。昨日からろくに食べていない。
「いらねぇよ」
と口では言っていたが、お腹がきゅるると正直な声を出す。
おばちゃんは微笑みを崩さない。
「成長盛りだから、仕方ないね」
おばちゃんの残り物の中で、一番好きだったのが、卵焼きだ。出し巻きではなく、甘くなくしょっぱくなくの、ほんのり出汁の効いた卵焼きがタッパーにひときわ綺麗に目立っていた。
思わずそれに箸を伸ばしたくなるほどに。
手渡された割り箸を急いで横へ引っ張ると、相変わらずうまく割れずに歪な形になった。箸としては問題なく、みっともない形の箸で、私はその卵焼きを一番に摘み上げた。
そして、一口食べると、食欲が止まらなくなった。
『成長盛り』というか、一番の過食期。太らなかったのが不思議なくらい。あっという間にタッパーの中身は空っぽになってしまっていた。
「こんなところで寝るんじゃなくて、困ったらうちにおいで」
おばちゃんは、それだけ言うと立ち上がって、「ありがとう」と立ち去っていった。ありがとうの意味が全くわからずおばちゃんの背中を眺めていた私は、居心地が悪くてそのまま後ろ髪を引かれるようにその視線をずらす。
うちにおいで、と言っておいて、どこか分からないじゃないか、と手に残され、袋に直されている割り箸に視線を落とす。
あぁ、そういうことね。
行かねぇよ
毒づく相手もいないから、心の中で呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!