きみはまっすぐで、まぶしくて

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きみはまっすぐで、まぶしくて

◯マンション・ヒロインの仕事部屋 SE 漫画用のペンが動く音 SE 漫画原稿(紙)がめくれる音 夏輝(なつき)「はい、先生。ベタできました。どうですか、このヒロイン! ツヤツヤさらさらロングヘアって感じで、決まってるでしょ? ね、かわいいでしょ?」 主人公「さすが、夏輝くん!」 夏輝「やったあ、褒められたー! ようし、もう一枚。ツヤツヤさらさらの黒髪、決めるぞー!」 主人公「がんばってね」 夏輝「はい! 黒川(くろかわ)夏輝、がんばります!」 SE 漫画用のペンが動く音 夏輝「あ、先生。今日の作業が終わったら、俺のプロットを見てもらえませんか? 俺、冬の少女漫画コンクールに投稿します」 主人公「わかった。どんなのにしたのかな?」 夏輝「今回も、きゅんきゅん純愛ものにしましたよー。なんと! 漫画家志望の男子高校生が、アシスタント先の美人お姉さん漫画家に惚れちゃって熱烈アプローチ!」 主人公「おお、やっぱりエンディングは……?」 夏輝「はい! 俺が描くんだから、いつものようにラブラブハッピーエンドです! もちろんウェディングドレスも描きますよー! お姫さま抱っこの結婚式がラストです!」 主人公「夏輝くんの漫画は結婚式のシーンを描くのが鉄板だよね」 夏輝「はあああ、いまから原稿を描くのが楽しみだなあ。結婚式のシーンを描くと、幸せな気分になるんですよ。俺もいつか結婚したい……お嫁さんはもちろん……はあああ」 主人公「あれ、夏輝くん? おーい」 夏輝「……は!? また空想世界に旅行してしまった!? すみません。先生。いまなんて言ったんですか?」 主人公「今回のモデルって、もしかして夏輝くんなのかな? 男子高校生で漫画家志望って……」 夏輝「あー、はい。思いきり、モデルは俺です。それでは、クイズです。美人お姉さん漫画家のモデルは誰でしょう? 一番、先生。二番、先生。三番、先生。はい、答えはー?」 主人公「もう、クイズになってないよ!」 夏輝「きた、先生お得意の鋭いツッコミ!」 夏輝(小声)「ああ、なんで俺のアプローチって空回りしてるんだろ……こんなに近いのに、いつも先生が遠い……」 ◯同・同(夕) SE 漫画原稿(紙)をめくる音を数回 夏輝「……え、このプロットじゃダメ……? なんで!? ヒロインのモデルが先生だから?」 主人公「えっと、そうじゃなくて」 夏輝「ちがうんですか? 他に理由があるんですか?」 主人公「男の子がどうしてヒロインを好きになったかわからないなあ……」 夏輝「そんな、どうして男子高校生がヒロインのことを好きになったかわからないんですか? わかるでしょ、先生なら! いっつも優しくしてくれて、面倒見が良くて、たまに見せる笑顔が年上なのになんか幼いって……そんな女性がいたら惚れない男子はいないよ。俺が! 俺がそうだから……」 主人公「うーん、書き直した方がいいかもしれない」 夏輝「わかりました。書き直します。この原稿、俺がモデルだから。俺が先生を好きだってことを原稿にぶつける。だから、先生。ちゃんと受け止めて……俺から目を逸らさないで……」 SE ドアを閉める音 ///時間を空ける ◯街中・住宅街(夕) 夏輝「あ! おーい、先生!」 SE 足音(やや駆け足) 主人公「夏輝くん! 学校から帰るところ?」 夏輝「はい、部活帰りです。ほら、どうですか! 学ランですよ? きゅんとしましたか?」 主人公「え!? 若いとは思ったけど……」 夏輝「(耳元で囁くように)ということは……あまりの若さに、ドキドキしたんですよね? 俺、いまが食べごろですよ……ピチピチですよ? あー、いま目の前にいるお姉さんに食べられたいなあ……。先生! どうですか、どうですか? ガブッといきませんか? いっちゃってくださいよー!」 主人公「食べません!」 夏輝「なんだー、残念。まあ、俺を食べたくなったら、いつでも言ってください!(小声で囁くように)ちゃんと毎晩筋トレしてますから。脱ぐ準備はいつでもOKですよ?」 主人公「だから、食べません! 冗談に聞こえないよー、夏輝くんー!」 夏輝「冗談に聞こえませんか? そりゃそうですよ、本気ですから!(笑う)」 夏輝(小声)「うーむ……『制服で胸きゅん作戦』も、『脱いだらスゴいんですよアピール』も失敗か……。こうなったら、『胃袋つかもう計画』を発動させるしかないのかな……。でも、先生が編集者さんからいただく手土産、いつもすっごくおいしいんだよなあ。もう先生の胃袋は、編集者さんがつかんだ感じだよな……」 主人公「夏輝くん?」 夏輝「……は!? まさか、編集者さんも先生のことが好きなのか? 嘘だろ、こんな身近にライバルがいるのかよ!? くそ、俺には年下のかわいさがあっても、向こうには大人の余裕があるからヤバい、勝負互角じゃん!」 主人公「おーい、おーい?」 夏輝「……は!? すみません! また空想世界に行っていました! で、なんでしょうか、先生」 主人公「今日は帰る時間が遅いんだね」 夏輝「はい。来月に出す漫研の部誌について打ち合わせしていました。何枚描くかをみんなで話し合ったら、こんな時間になりました。あーあ、8ページしか描けないんですよー。短すぎますよねー。投稿ならもっとたくさん描けるのになあ。ところで、先生はどこに行くんですか?」 主人公「画材屋さんに行ってきます」 夏輝「画材の買い出し! はい! お供します!」 主人公「もしかして、欲しいものがあるのかな?」 夏輝「え、何か買ってくれるんですか?」 主人公「ちょっとしたものなら大丈夫だよ!」 夏輝「……いやいや、おねだりしませんよ。先生からもらったアシスタント代がありますから、自分で買います。そういうのは、ケジメをつけないと」 主人公「しっかりしてるね。じゃあ、行こうか」 夏輝「(はしゃぐ)わーい、先生と買い物デート! ね、ね、手をつなぎましょ?」 主人公「ケジメをつけるんじゃなかったの?」 夏輝「う……そうですね。ケジメをつけるって俺、たったいま言いましたね……(嘘くさく、わざとらしい演技で)あー、なんか、冬が近づいたから手が冷えるなあ! あー、なんか、先生の手、あったかそうだなあ! ……えいっ!」 主人公「きゃっ!?」 夏輝「はー、先生と手をつなぐと冷えた心まで溶けていきますー。離したくないですー。お願いしますー」 主人公「もう、仕方ないなあ」 夏輝「やったあ!(うれしそうに息を吐き)俺、すっごく幸せです! よし、このときめきを漫画に生かすぞー! 俺、先生のことが好きだなあって思っても、どうすることもできなくて胸が苦しくなることがあります。でも、こんなにつらいならヒロインの切ない気持ちも描ける! そう思うと恋の苦しみも味わったもん勝ちですよね」 M夏輝「先生のそばにいるだけで、もううれしくて頭ん中がお花畑で、先生と俺は空想の世界ではもうラブラブハッピーエンドだけど、先生との関係とか、いまの自分の立場とかちゃんと考えてるよ。もっとスゴくならなきゃ、先生の男になれないってわかってる。いまの俺じゃ、なに言っても全然わかってないガキだけど、すぐに先生に釣り合う立派な男になってみせるから」 夏輝「ね、先生。俺の成長を楽しみにしてください! 漫画家としても、男としても、でっかくなりますよ!」 ◯同・画材屋(夕) SE 自動ドアが開く音 夏輝「(うれしそうに歓声を上げる)はああああ! 画材屋ってワクワクしますよね! 全部が魔法の道具に見えるー! 手に入れたら、素敵な漫画が描けそうって思いませんか!?」 主人公「うん、そうだよね!」 夏輝「ですよね、ですよね! お、このマーカー、新色が出たのかあ。あ、トーンが切れていたんだ。うーん、グラデーションのトーンをキャラの瞳にはりたいんだよなあ。どれがいいかなあ。先生が使ってるのはこれですよね? 俺も同じのにしようかなあ」 主人公「私と同じのにしなくていいんだよ?」 夏輝「……え、同じのでなくていいんですか?」 主人公「そう、真似しなくていいの」 夏輝「いやいや、別に真似している訳じゃ……」 主人公「夏輝くんらしく描いて。夏輝くんだけが描ける漫画を描くの、ね?」 夏輝「俺らしく描く……? 先生のに似せないで、俺だけが描ける漫画を描く……?」 主人公「夏輝くんがデビューしたら、私たちは戦友でありライバルになるんだよ」 夏輝「俺がデビューしたら、先生と俺は、戦友でありライバルになるんですか……?」 主人公「うん。私より人気が出る可能性だってある」 夏輝「そんな! 先生を追い越すだなんてできません! 先生はずっと俺が目指す星だから! 俺! 先生の漫画が好きだから漫画家になりたいんだよ! 先生みたいに、泣いて笑ってそれでも恋してよかったっていう漫画を描きたい! 誰かを好きになるのって、うまくいかないし、もどかしいし、イライラすることもあるし。でも、でも、好きな気持ちでがんばれることがたくさんあるって、読者に伝えたい。俺がそうだから……いまの俺が、そうだから……って、ああ!?」 主人公「どうしたの、夏輝くん?」 夏輝「すみません、いま降りてきたというか……アイデアがひらめいて……帰ります。それじゃ、また」 SE 足音(やや駆け足) SE 自動ドアが閉まる音 ◯マンション・ヒロインの仕事部屋(夕) SE 漫画原稿(紙)をめくる音 夏輝「先生、お疲れ様です。新しいプロットができたんで見てもらえますか?」 SE 漫画原稿(紙)をめくる音を数回 主人公「夏輝くん! すごく良くなったよ!」 夏輝「やった! ありがとうございます! 俺、やっとわかったんです。先生や自分をモデルにするって、漫画家とかそういう立場をそのまま描かなくていいんだって。俺が先生に出会って、どうして好きになったか。その思いを見つめ直せばよかったんだ。静かに自分の心にノックしてみて、浮かんできた言葉をカタチにすればいいんですね。俺が男なのに少女漫画家志望でも、先生は全く気にしないのがうれしくて。アシスタントになる前から惹かれていましたよ。漫画雑誌を買ってパラパラってめくると、先生のページだけ飛び込んでくるんですよ。飛び出して見えるくらいなんです。他の漫画もいいけど、俺の胸の深いところに入ってくるのは先生の漫画なんです。きっと、俺よりもいろんなことを経験したんだなって、わかる。どんな人生を歩いてきたんだろうって知りたくて、知りたくて……だから、俺、先生にファンレターを送ったんです! 先生みたいな少女漫画家になりたいって。自分の気持ちを初めて伝えました。先生は、俺のつたない手紙にちゃんと返事をくれて」 主人公「夏輝くんに教えてあげる」 夏輝「え?」 主人公「この鍵で、机の引き出しを開けてくれるかな?」 夏輝「机の引き出しを開けていいんですか? この鍵を使うんですね?」 SE 鍵を使う音 SE 引き出しを開ける音 SE 封筒をさわる音 夏輝「……あ、俺が送ったファンレター! 読者からのファンレターは全部、段ボール箱に入ってるんじゃなかったんですか?」 主人公「夏輝くんのファンレターは、特別だから」 夏輝「どうして、俺の手紙だけ特別なんですか?」 主人公「ここ、読んでみて」 夏輝「手紙のこの部分ですか? えっと……『きっと先生がたくさん泣いた分だけ、漫画が輝いているんだろうな』 ……あー、いま思うと、かなり生意気な言い方ですね。すみません。この言葉がうれしかったんですか?」 主人公「うん。こんなことを言ってくれたのは、夏輝くんだけだよ」 夏輝「他の読者もちゃんとわかってますよ。先生の漫画を見れば、誰だって気づきます。先生の漫画はまっすぐでまぶしくて、いつだってキラキラしてる。でもね、ほんのちょっぴり苦くて。それでも必ず諦めないキャラクターが出てくるから、すごく魅力的なんです! だから、俺、先生の漫画も、先生も好きになって……アシスタントなのに、もっともっと近い関係になりたくなって……あの、先生! デビューしたら戦友でありライバルになれるんですよね? その関係に、恋人もプラスしませんか? 俺が先生に追いついたら……すぐに追いつくから……お願いします。待っててください!」 ///時間を少し空ける ◯マンション・ヒロインの仕事部屋 SE 走る音 SE ドアを開ける音 夏輝「先生! 先生! コンクール、大賞を受賞しました! 俺、やっと……! やっとデビューできる!」 主人公「夏輝くん、おめでとう!」 夏輝「ありがとうございます、先生! 俺、自分のなかに伝えたいことがたくさんありました。漫画を描くのがこんなに楽しいって知らなかった! もっといろんな気持ちを原稿に描きたいです。まだまだ、先生には追いついていないってわかってます。でも、約束ちゃんと果たせました! だから……いい?」 主人公「……うん!」 SE 抱きしめる音 SE リップ音 夏輝「うわ……キスって、すごく恥ずかしいんだな……いままで平然と描いていたけど、こんなにグッと来るとは思わなかった……」 主人公「もしかして、キスしたことないの?」 夏輝「え!? そうですよ、キスしたことがないのにキスシーン描いていましたよ! ねえ、もっとドキドキするキス……しましょう? キス以上のことも……いいよね?」 主人公「いいけど……漫画のネタにはしないでね?」 夏輝「あはは、漫画には描きませんよ。ふたりだけの秘密にしよ? これからすることは……」 BGM 穏やかなメロディ BGM フェードアウト ◯パーティー会場・ステージ(夜) SE 拍手 SE カメラのフラッシュ 夏輝(マイクを通した声)「ありがとうございます。皆様のおかげで、デビュー10周年を迎えました。漫画家として、自分はまだまだひよっこです。これからも精進して参ります。デビュー作をいま改めて見ると、本当に青くさくて……それが初々しくて良いと評価を受けましたが……。あの頃の自分は、相手を好きな気持ちが暴走するやんちゃなガキでした……」 SE 観衆の笑い声 夏輝(マイクを通した声)「プライベートでも、背伸びするのに必死だった。経験を積んで実力をつければいいのに、わかっていなかった。そんな子供の自分を支えてくれたのが、同じ漫画家の彼女です」 SE 拍手 夏輝「ねえ、来て。俺の愛しい人」 SE ヒロインがステージの階段を上がる音 夏輝「ずっとずっと、伝えたかった。あなたのおかげで、俺はいろんなことを知って……漫画家としても、男としても、成長できた。ありがとうってひとことじゃ足りないくらい、あなたには感謝してます。これからも俺は、この道を走っていく。だから、俺についてきて。……いや、ちがうな。あなたはすごく輝いてるから、俺のあとをついていくなんてありえない。俺と歩いていこう? 俺と結婚してください」 主人公「はい! よろしくお願いします」 SE 歓声 SE カメラのフラッシュ SE 拍手 夏輝「ありがとう!! 俺、これからもすごい漫画を描くから! あなたに負けないくらい、たくさん、たくさん!」 BGM エンディング
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