スイカとお菊さん

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スイカとお菊さん

「只今。」  昼過ぎに彼が戻ってきた。  片手に、大きなスイカを提げている。 「お帰りなさい。で、どうだった。」 「まあ、まあ、慌てるな。」  彼は、洗面所に行くとうがい、手洗いを念入りに行う。  彼のこだわりの一つである。 「はい、どうぞ。」  私は女の子らしく、冷たい麦茶をコップに入れて差し出した。 「珍しく、気が利くね。  では、お話しましょう。  旦那さん、奥さんをなくしてから、すっかり元気がなくなり、  寝込みがちだったらしい。  息子さん夫婦にもお迎えが来るとか、弱音を吐いていたらしい。  僕が、この簪を差し出すと、旦那さんは布団から飛び起きた。  『どうして、これを。』って、怖いくらいだったよ。  僕が正直に奥さんの人魂の話をして、伝言を伝えると、  旦那さんは泣き崩れた。  『そうか、そうか。菊枝が、わしに元気を出してほしいと。   まだ生きろと。死んでも、優しい女じゃ。』  半信半疑の息子さん夫婦も、もらい泣きをしたよ。  昼食を食べていけと引き留める旦那さんを振り切り、  帰ってきたけど、お土産のスイカは断れなかったというわけさ、 おしまい。何か、質問ある。」 「いいえ、何もございません。ご苦労様でした。」  本当は、そのスイカはいつ食べるんだと聞きたかったが、私だって空気は 読める。全力で、我慢した。  それと、やっぱり、お菊さんだったんだと感慨深いものがあった。  その夜、月明かりの下、彼がすっかり綺麗になった井戸で冷やした スイカを二人で仲良く食べる。  あの老夫婦も、新婚時代、こうやって食べたのかなって、ちょっとだけ 考えたかな。  そして、それぞれ部屋に戻りベッドに入った。 「ありがとうございました。あなたたちも、お幸せに。」  その夜、夢の中に着物姿の昭和美人が出てきたのは言うまでもない。  しかし、私は、あなたたちって誰のことよ・・・・って、 その時は不思議に思ったものであった。
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