お菊が缶ビールを

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お菊が缶ビールを

「只今。」 「お帰りなさい。」 共同キッチンでインスタントラーメンを作り、鍋から直接食べていた私は、 玄関に走った。 「そんで、不動屋さんに何を聞いてきたの。」  私の食べかけの鍋を冷たく見据えた彼は、不機嫌そうに言った。 「慌てるなよ。先に、飯を済ませろ。」  その頃は、彼のこだわりがわからなかった私は、単に彼がインスタント ラーメンが嫌いなんだと勘違いしていた。  彼は、洗面所で念入りに洗顔を始めた。  ちなみに、彼の使う美容液は私のよりもめっちゃ高い。  手入れにかける時間も、半端ない。  共同キッチンに戻った彼は、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、 冷えたグラスにわさわさ注ぎ、何やら不思議な物体を肴に飲み始めた。 「君さ、チャーシュー麺を食べる時、まず最初にチャーシューを全部食べて しまうタイプだろう。」  内心、『当たり、何でわかるんだろう』と思いながらも、 「失礼ね、そんなことしないわよ。」と慌てる私に、彼は見透かすような 冷たい視線を送ってきた。 「チャーシューなんかどうでもいいよ。早く話してよ。」 「せっかちだな。  チャーシューは後に食べるほど、味がしみ込んで美味しくなるのと同じで、 話の楽しみは後にとっておくもんだぞ。」 「そんなことは、どうでもいい。今、話せよ。」  つい、言葉がきつくなる。 「怖いなあ。じゃあ、少しだけ。  この家の持ち主の老夫婦の話を聞いてきた。  後は、日曜日に話すよ。じゃあ、お休み。」  彼は、台所でコップを洗うと、自分の部屋に行った。 「絶対、悪魔だ。」  共同キッチンに、鍋を投げ捨てた私は、洗うのは明日にした。  冷蔵庫から、缶ビールを取り出して、昨晩より早いペースで飲み干す。  火曜サスペンス劇場じゃないけど、持ち主夫婦に何が起こったの・・・・、考えると無性に怖くなった。  こんな気持ちにさせたあいつがガチで憎い。  さて、その晩、「一本、二本、三本・・・・」。  お菊が古井戸で缶ビールを数える奇妙な夢を見て、うなされる私であった
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