日曜日の井戸さらい

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日曜日の井戸さらい

「おい、起きろ。まったく、いつまで寝てるんだ。」  日曜日の朝早く、彼に叩き起こされた私は、正直不機嫌であった。  昨夜、少し飲みすぎたせいで頭も痛い。  悪夢でうなされたせいもある。 「えつ、何。」 「井戸さらいだよ。手伝わないたくなかったら、いいんだよ。  化けて君の部屋に出るように言っておくから。」 「ひど~い。ちょっと待って。」 「わかった、先に行ってる。」  古井戸に向かう彼を尻目に私は、洗面所に向かい渋々顔を洗ってから、 ジャージに着替えた。 「遅い。」  古井戸に行くと、井戸水をすでに汲み終えた彼が鬼軍曹のように 待ち構えていた。 「女の子はね、色々準備があるんだよ。」 「あつ、そう。  僕が古井戸に潜り、桶に探し物を入れるから、引き上げて。」  私の返事を軽く聞き流した彼は、まるで忍者のように古井戸に潜って 行った。 「まったく、お前、何様のつもりなんだよ。」  私は、軽く毒を吐く。  彼が何やら下で作業をしる間、辺りの景色を見渡した。  爽やかな風が頬をくすぐる。 「へえ~、割といい感じじゃん。」  住んでいても、こっちの方へ足を運んだことのない私は、プチ発見をして 喜んでいた。 「お~い、引き上げて。絶対に、途中で落とすなよ。」  彼が大声で叫んだので、桶を引っ張る。  滑車で体重をかけることができて楽なはずが、少し重い。  落としたら、何を言われるか、わかったもんじゃない。  私は、必死に引っ張った。  やっとの思いで引き上げると、桶の中身は何と土砂と石ころであった。  重いはずだ。 「お~い、まだ終わりじゃない。そっと、そっとだぞ。  桶を下せ。」 「はいはい、まったく人使いが荒いんだから。」 「何か、言ったか。」 「何も言ってませ~ん。」  土砂と石ころを何度か汲みだすと、いよいよ探し物らしい。  私は、早く終わってほしいとばかりに、引き上げた。 「えつ、何これえ。」  私は桶の中身を見て、一瞬肝を冷やした。  あきらかに、お皿の破片・・・・・。  他には、ビールの栓抜き、包丁など錆びきっている。  何やら、大きな木の板の破片も、入っている。 「洗濯板か、これ。へえ、初めて見た。」 「何を一人で騒いでいるんだい。」  古井戸から上がってきた彼は、全身泥だらけ、汗まみれであった。  正直、臭かった。 「いや、金目の物じゃなくて、探し物がないと思ってさ。」  慌てる私に、彼はにやりと笑った。 「無いよ。」 「えつ、無いの。あんだけ、苦労したのに。」 「その中には、無いよ。ほら、ここに。」  彼は、懐から、大事そうに何やら光るものを取り出した。 「小判か。」 「違うわ、阿保。簪(かんざし)じゃ。」 「見せて、見せて。」  ここ一番女の子オーラを発揮した私に、彼は渋々差し出した。  珍しい簪であった。 「本べっ甲(本鼈甲)の簪だよ。   現在べっ甲が希少になっので、珍しいだろう。  本べっ甲独特の暖かい触り心地に加え、熱で微妙に変形し、使う人の体 に寄り添うように変化していくのがその魅力さ。  この透明感のある黄色は、見事なものだろう。  二つとして同じもののない斑もべっ甲の魅力。  この細工も、絶品だね。  よっぽど、持ち主に愛されていたんだね。」  べっ甲のウンチクは軽く聞き流した私であったが、最後の台詞は聞き 逃さなかった。 「えっ、あの人魂はひょっとしてこの簪を探していたの。」 「へえ、君にしては鋭いじゃん。  そう、この家の前に住んでいた夫婦の奥さん。」 「これで、成仏できるの。」 「慌てるなよ。話は、最後まで聞け。  旦那さんは、奥さんが亡くなってから、息子さん夫婦と一緒に住んで いるらしい。  旦那さんに、これを渡してほしいと頼まれた。」 「そうなんだ。わかったけど・・・・・。」  私は、気になっていることがあったので、勇気を出して聞いてみた。 「あのう、幽霊が見えるですか。」 「全部が全部、見えるわけでもないし、全部が全部、聞こえるわけじゃない。  果たせぬ生前の想いが強い場合とか、今回みたいに人魂になるほど願いが 強い場合に限る。」 「まいりました。」  私は、少し安心した。  シャアハウスの同居人が霊媒師だったら、一緒に住めないもんね。 「着替えたら、早速出かけてくる。後は、よろしく。 住所は、不動屋さんに聞いてるから。」  彼は、簪を受け取ると走って行った。  残された私は、ゴミの分別と土砂と石ころの処理をした。  仕事が終わって共同キッチンに行き、冷蔵庫を開けると、私の大好きな 神戸プリンが入っていた。 『お疲れ。朝飯にどうぞ。』  メッセージ付きである。 「へえ~、気が利くじゃん。」  シャワーを浴びて着替えた私は、鼻歌交じりで遅い朝飯を食べた。  汗をかいたので、二日酔いが治ったかも。
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