6人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
彷徨う人魂
それは、お盆前の13日の金曜日であった。
まだ、その頃は私と彼の関係は単なる同居人であった。
夜中におトイレに起きて、ふと外を見ると白くてフワフワしたものが
月明かりの下、井戸の周りを彷徨っているのが見えた。
「キャアー!」
いくら武道のたしなみがあっても女の子、怖いものは怖い。
子供のころ聞いた、お菊の話を思い出す。
私の悲鳴がよっぽど大きかったのか、彼が起きてきた。
「ちょっと、勘弁してくれよ。ネズミでも出たか。」
「ううん、違うの。見てよ、あれよ、あれ。」
眠そうな顔の彼の表情が変わった。
「ほう。」
「ねえっ、見えるでしょ。人魂かしら。」
「うん、観える。ちょっと、行ってくる。」
その言葉に唖然となった私は止めるのも忘れ、部屋から彼を見守ることに
した。
彼は、全然恐れることなく、古井戸に彷徨う人魂にごく自然に声をかける
様子だった。
『∑ヾ( ̄0 ̄;ノ』
あまりにも自然・・・・・、もしかして寝ぼけていて、夢の中で女の子を
ナンパしているんやないかと疑ってしまった。
しばらく話し込んでいると、人魂は「じゃあ、宜しくお願いします。」と
頭を下げるかのように上下に揺れると、夜の暗闇にスウーと消えて行った。
正直、人魂を手を振って見送る彼は不気味である。
「どうだった。」
もしかして、憑かれてはないかと警戒する私に、彼は冷たい視線を
送ってきた。
「うん、事情は分かった。
今度の日曜日、井戸さらいをするから、君も手伝え。」
「ええつ、何で。嫌よ、めんどくさいし・・・」
「本当にいいの、君の部屋にお願いに来るかもよ。毎晩・・・・」
にやりと笑う彼の顔は、悪魔に思えた。
「やります、やらせてもらいます。」
私は即座に首を振る。
「明日、仕事の帰りに、不動屋さんによって来るから、
いつもより遅くなるかもしれないけど、気にしないで。」
「別に、いいけど。それより、何で。」
不思議がる私に、彼はめんどくさそうに言った。
「話すと長くなる。日曜日に話す。」
彼は、あくびをして自分の部屋に戻っていった。
「この野郎。」
まだ人魂への恐怖が消えない私は、彼への怒りに気持ちを変えて、
冷蔵庫から缶ビールを取り出し、そのまま口を当て、グビグビ、
プアッと飲み干すのであった。
最初のコメントを投稿しよう!