彷徨う人魂

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彷徨う人魂

 それは、お盆前の13日の金曜日であった。  まだ、その頃は私と彼の関係は単なる同居人であった。  夜中におトイレに起きて、ふと外を見ると白くてフワフワしたものが 月明かりの下、井戸の周りを彷徨っているのが見えた。 「キャアー!」  いくら武道のたしなみがあっても女の子、怖いものは怖い。  子供のころ聞いた、お菊の話を思い出す。  私の悲鳴がよっぽど大きかったのか、彼が起きてきた。 「ちょっと、勘弁してくれよ。ネズミでも出たか。」 「ううん、違うの。見てよ、あれよ、あれ。」  眠そうな顔の彼の表情が変わった。 「ほう。」 「ねえっ、見えるでしょ。人魂かしら。」 「うん、観える。ちょっと、行ってくる。」  その言葉に唖然となった私は止めるのも忘れ、部屋から彼を見守ることに した。  彼は、全然恐れることなく、古井戸に彷徨う人魂にごく自然に声をかける 様子だった。 『∑ヾ( ̄0 ̄;ノ』  あまりにも自然・・・・・、もしかして寝ぼけていて、夢の中で女の子を ナンパしているんやないかと疑ってしまった。  しばらく話し込んでいると、人魂は「じゃあ、宜しくお願いします。」と 頭を下げるかのように上下に揺れると、夜の暗闇にスウーと消えて行った。  正直、人魂を手を振って見送る彼は不気味である。 「どうだった。」  もしかして、憑かれてはないかと警戒する私に、彼は冷たい視線を 送ってきた。 「うん、事情は分かった。  今度の日曜日、井戸さらいをするから、君も手伝え。」 「ええつ、何で。嫌よ、めんどくさいし・・・」 「本当にいいの、君の部屋にお願いに来るかもよ。毎晩・・・・」  にやりと笑う彼の顔は、悪魔に思えた。 「やります、やらせてもらいます。」  私は即座に首を振る。 「明日、仕事の帰りに、不動屋さんによって来るから、  いつもより遅くなるかもしれないけど、気にしないで。」 「別に、いいけど。それより、何で。」  不思議がる私に、彼はめんどくさそうに言った。 「話すと長くなる。日曜日に話す。」  彼は、あくびをして自分の部屋に戻っていった。 「この野郎。」  まだ人魂への恐怖が消えない私は、彼への怒りに気持ちを変えて、 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、そのまま口を当て、グビグビ、 プアッと飲み干すのであった。
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