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「一昨日、一匹のウサギが逃げました。」
そこまで言うと、ミオちゃんは肩をビクッとさせます。
それを感じたシノちゃんは「大丈夫だから」と声をかけました。
そして、南先生は僕をにらみつけます。
僕は、気にせず先に進みました。
「そのウサギは、ミオちゃんが大好きでした。しかし、一度でいいから外の世界が見てみたかったのです」
もちろん、これは僕の想像です。
ウサギにそこまでの思考があったかなんて僕にはわかりません。
僕は続けます。
「周りのウサギたちはそれを止めます。『やめとけ、ミオちゃんに迷惑がかかる』と。それでも、ウサギは自分の好奇心を押えきれませんでした。ミオちゃんに申し訳なさを感じながら広い大地に飛び出したのです」
みんなは、僕の話を真剣に聞いてくれました。南先生に限っては頭に、はてなマークが浮かんでいましたよ。
「しかし、日が沈み、夜が明け、昼が過ぎたころウサギは体中泥だらけでヨロヨロになっていたのです。毎日餌をくれるミオちゃんはいない。かわいがってくれるミオちゃんはいない。何とか雑草を食べることで空腹は満たすことはできましたが、慣れない大地。体がついていきませんでした。そして、ウサギは……走ってくる車に気付かずに……」
ミオちゃんはもちろん泣いています。そして、何人かその光景を想像したのか、涙を流していました。
「怪我を負ったウサギは思いました。ああ、帰りたい。帰ってミオちゃんに謝りたい。そして、引きずる足で学校へ向かいます。そこで目に映ったのは一つのカバン。見覚えのあるカバン。そこからは、懐かしい匂いがした。間違いないミオちゃんのカバンだ。そして、ウサギは――」
「ぴょん吉」
ミオちゃんは、涙で顔をくしゃくしゃにしながら声を絞り出しました。
だいたいの察しがついたのか、シノちゃんは目に涙をためミオちゃんと抱き合っていました。
「はい。僕が下駄箱に着いたとき目に入ったのは、ミオちゃんのカバンからはみ出したぴょん吉の足だったのです。だから僕はぴょん吉の息絶えた姿を誰にも見せないために、カバンごと運び出したんです。特にミオちゃんに見せるわけにはいかなかった。ぴょん吉もたぶんそれを望んでないと思って。騒動が収まった後こっそりぴょん吉は飼育小屋の横に埋葬。血の付いたカバンは焼却炉に放り込みました。……これがことの一部始終です」
クラス全体にすすり泣く声が聞こえます。
最後に僕はミオちゃんに歩み寄ります。
「ミオちゃん。僕がぴょん吉を運びミオちゃんとすれ違う時、ぴょん吉の声が聞こえた気がしたんだ」
「え?」
ミオちゃんは、くしゃくしゃになった顔をあげ僕に聞き返します。
僕は続けます。
「『ミオちゃん。ごめんなさい。いつもありがとう。』って」
「ふ、ふえぇぇぇ……」
ミオちゃんは、堰を切ったように声は響き、涙は更に溢れ出しました。
これで、僕の推理ショーは完全に終わりを告げたのです。
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